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統合失調症に似た特徴を持つ遺伝子改変マウスを確立 -モデルマウスを使って患者の新しい予防・診断・治療法へ道-

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ポイント
▼統合失調症は総人口の約1%で発症し、遺伝要因と環境要因の両方が発症に関与。
▼ ヒトの統合失調症に似たモデルマウスを作成。炎症を抑えることで症状の一部が改善。
▼統合失調症の新しい予防・診断・治療法の開発と創薬に期待。

 JST 課題達成型基礎研究の一環として、藤田保健衛生大学 総合医科学研究所の宮川 剛 教授、自然科学研究機構 生理学研究所の高雄 啓三 特任准教授らは、遺伝子操作により脳内で軽度の慢性炎症を起こさせたマウスは、脳の一部が未成熟な状態になっており、その結果、作業記憶注1)の低下や巣作り行動の障害が引き起こされていることを明らかにしました。
 本研究グループは、行動異常を網羅的に調べる「網羅的行動テストバッテリー注2)」を用い、約10年にわたり精神疾患のモデルマウスの探索を行っています。これまでに160系統以上を解析した結果、Schnurri-2注3)遺伝子欠損(Shn-2 KO)マウスが作業記憶と呼ばれるタイプの記憶や、社会的行動の異常など、統合失調症注4)患者で見られる症状(主として認知障害や陰性症状)とそっくりな行動異常を示していることを突き止めました。このマウスの脳を解析したところ、遺伝子発現パターンが統合失調症患者の死後脳と酷似していたほか、パルバルブミン注5)陽性細胞数の減少や脳波の異常など統合失調症患者の脳で報告されている特徴の多くを持っていました。さらに、Shn-2 KOマウスの脳で慢性的で軽度な炎症が起こっていること、脳の一部(海馬歯状回)が未成熟な状態にあることを発見しました。炎症を抑えることにより、このマウスの海馬歯状回の成熟状態が改善し、さらに行動異常のうち作業記憶の障害と巣作り行動の障害が改善されることが明らかになりました。
 このマウスの脳は統合失調症患者の脳と特徴が極めてよく似ており、このマウスをモデルとして活用することで、統合失調症の病因・病態の理解が飛躍的に進むと考えられます。今後、抗炎症作用を持つ物質と既存の抗精神病薬とを組み合わせた投与の効果をこの統合失調症モデルマウスで検討し、効果が見られた方法で実際の患者の症状が改善するかどうかを調べることにより、統合失調症の新たな治療法の開発が進むと期待されます。
 本研究成果は、日本医科大学、理化学研究所など12機関の共同研究により得られ、2013年2月6日(米国東部時間)に米国神経精神薬理学会誌「Neuropsychopharmacology」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
(研究総括:樋口 輝彦 (独)国立精神・神経センター 総長)
研究課題名:「マウスを活用した精神疾患の中間表現型の解明」
研究代表者:宮川 剛(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 教授)
研究期間:平成19年10月~平成25年3月
JSTはこの領域で、少子化・高齢化・ストレス社会を迎えた日本において社会的要請の強い認知・情動などをはじめとする高次脳機能の障害による精神・神経疾患に対して、脳科学の基礎的な知見を活用し、予防・診断・治療法などで新技術の創出を目標にしています。上記研究課題では、精神疾患モデルマウスの脳について各種先端技術を活用した網羅的・多角的な解析を行い、生理学的、生化学的、形態学的特徴の抽出を進め、さらに、これらのデータを人間の解析に応用することによって、精神疾患における本質的な脳内中間表現型の解明を目指します。

研究の背景と経緯

 統合失調症は、あらゆる人種や地域において、総人口の約1%で発症し、十分な予防・治療法が確立されていない深刻な精神疾患です。統合失調症の原因遺伝子探索のため、大規模なゲノムワイド関連解析注6)が近年行われ、統合失調症は単独の遺伝子変異で引き起こされることはごくまれであり、多くの場合は複数の小さい効果を持つ遺伝子多型による遺伝的要因とさまざまな環境要因の組み合わせによって発症すると考えられるようになりました。複数の信頼性の高い大規模解析により、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)という免疫にかかわる遺伝子情報が多く含まれる領域で統合失調症に関連する遺伝子多型が多数同定されており、MHC領域と統合失調症との関係が注目されています。

 遺伝子改変マウスは、現在の医学生物学研究で欠かせない実験動物になっており、精神疾患研究においても例外ではありません。藤田保健衛生大学 総合医科学研究所の宮川 剛 教授と自然科学研究機構 生理学研究所の高雄 啓三 特任准教授らの研究グループは、これまでに、多くの遺伝子改変マウスの系統について、「網羅的行動テストバッテリー」を用いて行動を調べることで、個体レベルでの遺伝子の異常がどのように行動の異常に結びつくかを調べてきました。2003年に本研究グループが発足して以来、多数の国内外の研究室との共同研究で160以上の異なる系統のマウスに対して一通りの網羅的行動テストバッテリーを行っています。Schnurri-2欠損(Shn-2 KO)マウスは、これらの中でひときわ顕著な行動異常を示す系統として同定されたものです。Shn-2は先述した統合失調症に関連するという報告のあるMHC領域に結合する分子として当初発見されたもので、MHC領域にある遺伝子の発現制御にかかわっていると考えられています。

研究の内容

 今回作成したShn-2 KOマウスは、作業記憶の低下や社会的行動の異常などの、統合失調症と非常によく似た行動異常のパターンを示しました。このマウスの脳を、分子生物学的、神経解剖学的、神経生理学的な手法を用いて解析した結果、Shn-2 KO マウスの脳は統合失調症患者の脳で報告されている特徴を極めて高い類似度で備えていることが発見されました。さらに、このマウスの脳では軽度な慢性炎症が起こっていることが分かりました。気分の調節や学習・記憶に重要であることが知られる海馬歯状回の神経細胞を調べたところ、発達期に一度は成熟しかけていた神経細胞が、マウスが成育するに従って再び未成熟な細胞の特徴を持つようになり(脱成熟)、歯状回全体がいわば未成熟な状態(未成熟歯状回注7))でした。また、抗炎症作用のある薬物を投与することによって海馬歯状回の神経細胞の成熟状態が改善し、それと同時に作業記憶障害や巣作り行動の障害など行動異常の一部が改善されることも明らかになりました。

以下、研究の詳細を解説します。

1.Shn-2 KOマウスでは野生型マウスに比べて作業記憶が顕著に悪くなっており、そのほかにプレパルス抑制注8)の障害、社会的行動の低下、巣作り行動の障害、快楽消失など統合失調症に関連する多くの行動異常を示すことが、網羅的行動テストバッテリーによる解析で明らかになりました(図1)。このうちプレパルス抑制の障害は、統合失調症の治療薬として使われているハロペリドールを投与することによって改善されています。これらの結果により、このマウスで見られた一連の行動異常は統合失調症患者で見られる認知障害や陰性症状などに相当するものと考えられます。すなわち、行動レベルで統合失調症患者にそっくりなマウスを同定することができました。

2.このShn-2 KOマウスの前頭皮質の遺伝子発現変化をジーンチップ注9)で調べ、遺伝子の発現パターンをバイオインフォマティクス的手法で解析したところ、Shn-2 KOマウスの脳で発現量が変化している遺伝子の多くは統合失調症患者の死後脳(前頭葉)でもほぼ同様に変化していました。つまり、Shn-2 KOマウスの脳と統合失調患者の死後脳の遺伝子発現パターンの間には驚くべき類似性があるということが分かりました(図2)。

3.さらにShn-2 KOマウスの脳を調べたところ、パルバルブミン陽性細胞の減少、GAD67注10)の発現低下、大脳皮質の薄化、脳波のうちガンマ波の低下など、統合失調症患者の脳で報告されている特徴が多く見られました(図3)。Shn-2 KOマウスは、脳の特徴についても統合失調症患者とそっくりでした。

4.Shn-2 KOマウスの海馬歯状回の神経細胞は、発達期にはいったん成熟細胞マーカーであるカルビンジン注11)を発現しているにもかかわらず、その後マウスが成育するに従ってほとんど発現しなくなってしまい(図4)、逆に未成熟細胞のマーカーであるカルレチニン注12)の発現を増加させており、電気生理学的な性質も未成熟な神経細胞に似ていることが明らかになりました。つまり、このマウスでは、発達期に一度成熟しかけた神経細胞が成育に伴って脱成熟しており、成体であるにもかかわらず歯状回全体がいわば未成熟な状態(未成熟歯状回)でした。これは統合失調症の発症が青年期以降であることと一致しています。また、統合失調症患者の死後脳で海馬の歯状回が未成熟な状態にあることは本研究グループの別の研究によって明らかにされています(Walton et al., Transl Psych, 2012)。

5.Shn-2 KOマウスの脳では、神経炎症の特徴の1つであるアストログリア細胞注13)の活性化が顕著でした(図5)。また、このマウスの脳で発現が変化している遺伝子群と、炎症を引き起こす典型的な状態で発現が変化する遺伝子群には、高い共通性が見られました(図5)。さらに、Shn-2 KOマウスの脳におけるそれらの遺伝子群の変化は、典型的な炎症で変化する場合と比較すると小さく(図5)、このマウスの脳では、慢性的で軽度な炎症が起こっていると考えられます。

6.そこで、抗炎症作用を持つ薬物であるイブプロフェンとロリプラムをShn-2 KOマウスに3週間にわたって投与したところ、海馬歯状回で増加していた未成熟細胞マーカーのカルレチニンの発現が低下し、正常な状態に近付きました(図6)。それと同時に、このマウスで見られた作業記憶の障害と巣作り行動の異常も改善しました(図6)。

 以上より、Shn-2 KOマウスでは、遺伝的な要因によって脳内に慢性的で軽度な炎症が生じ、それが海馬歯状回の脱成熟を引き起こし、その結果、統合失調症に似た行動異常のうち作業記憶の障害や巣作り行動の異常が生じているのではないかと考えられます。炎症の起こる原因はさまざまですが、ヒトでも何らかの遺伝・環境要因により脳内に慢性的で軽度な炎症が起これば、海馬歯状回の脱成熟などのさまざまな現象が脳で生じ、その結果として統合失調症が発症するというモデルが想定され(図7)、このモデルに基づいた新たな予防・診断・治療法の開発が期待されます。

今後の展開

 統合失調症は慢性化する症例が多く、治療効果は十分とは言えません。効果的な治療法の研究開発が重要ですが、そのためにはヒト疾患によく対応したモデル動物が必要となります。Shn-2 KOマウスは、行動および脳の特徴において統合失調症患者と極めてよく似ており、これまでにない統合失調症モデルマウスです。このマウスを活用することにより、統合失調症に対する新しい予防・診断・治療法の開発や創薬につながることが期待できます。
 今回、Shn-2 KOマウスへの抗炎症作用を持つ薬物の投与によって、神経の炎症の指標であるアストログリア細胞の活性化が抑まり、歯状回の神経細胞で増加していた未成熟細胞のマーカーが低下し、作業記憶の障害と巣作り行動の異常が改善されました。一方で、抗炎症薬の投与は、パルブルブミン陽性細胞数の低下や、GAD67の発現低下については改善しませんでした。行動レベルでは、プレパルス抑制の低下や活動性の増加などには抗炎症薬投与の効果は見られませんでした。つまり、統合失調症で見られるさまざまな症状には、脳内の慢性炎症や未成熟歯状回が関係しているものと、そうでないものに分類できる可能性があります。
 これらのことから、統合失調症の予防・治療には既存の抗精神病薬と抗炎症作用のある物質との組み合わせが有効であることが示唆されます。炎症を抑える物質にはイブプロフェンをはじめとしてすでに薬剤として使われているものが多数あるほか、開発中のものも多くあります。また、食物の成分にも炎症を抑える作用のあるものが知られています。こうした物質のうちのどれかが統合失調症の予防・治療に使える可能性が高いと考えられます。
 今後、これらの抗炎症作用を持つ物質と既存の抗精神病薬とを組み合わせた投与の効果をこの統合失調症モデルマウスで検討し、マウスで効果的だった組み合わせを用いて実際の統合失調症患者の症状を改善させる試みが可能となります。このような研究を行うことで、この疾患の新たな予防・診断・治療法の開発が進むと見込まれます。

 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の一環として、藤田保健衛生大学、自然科学研究機構 生理学研究所、日本医科大学、理化学研究所、九州大学、久留米大学、岐阜大学、愛知県 心身障害者コロニー発達障害研究所、アステラス製薬株式会社、放射線医学研究所、東京工業大学の11機関の共同研究によって行われました。なお、本研究の一部は、科学研究費補助金による支援を受けて行われました。

参考図

図1 Shn-2 KO マウスで見られた統合失調症に似た行動異常

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Shn-2 KOマウスは、8方向放射状迷路(A)で調べられる作業記憶が顕著に悪くなっていた(B)ほか、活動性の亢進、社会的行動の低下、プレパルス抑制の障害など統合失調症に似た行動異常のパターンを示しました(C)。

図2 Shn-2 KOマウスの脳と統合失調症患者の死後脳の遺伝子発現パターン

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(A、B)Shn-2 KOマウスの前頭葉における遺伝子発現パターンと、統合失調症患者の死後脳の遺伝子発現パターンを比較したところ、驚くべきことに100もの遺伝子が共通して変動しており、さらにほとんどの遺伝子発現変化の増減の向きが同じでした。
(C)共通して増加している遺伝子には炎症や免疫反応に関係しているものが多く、減少している遺伝子にはシナプス伝達やシナプス可塑性に関係しているものが多くありました。

図3 Shn-2 KOマウスの脳は統合失調症患者の脳の特徴を備えている

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Shn-2 KOマウスの脳の解析を進めたところ、パルバルブミンを発現する細胞数が減っており(上)、皮質の厚みの低下、脳波ガンマ成分の低下(下)など、統合失調症の脳で見られる特徴が多く見られました。

図4 Shn-2 KOマウスの海馬歯状回は未成熟である

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(A)Shn-2 KOマウスの海馬歯状回の神経細胞では成熟細胞に対応する分子マーカーであるカルビンジンの発現が減少(上)、逆に未成熟細胞のマーカーであるカルレチニンが増加していました(下)。 
(B)Shn-2 KOマウスの海馬歯状回の神経細胞は、発火しやすく持続しない傾向があり、電流刺激によるスパイク(神経活動電位)の誘発実験において小さい電流で発火するものの(C)、誘発されるスパイク数は少ない(D)など未成熟な神経細胞の特徴を示していました。

図5 Shn-2 KOマウスの脳では軽度な慢性炎症が起こっている

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Shn-2 KOマウスの脳では、神経炎症の特徴の1つであるアストログリア細胞の活性化が顕著でした(上)。このマウスの脳で発現が変化している遺伝子群は急性の炎症で変化する遺伝子と共通するものが多くあり、両者の間には高い類似性がありました(下)。Shn-2 KOマウスの脳におけるそれらの遺伝子群の変化は炎症で変化する場合と比較すると小さく、このマウスの脳で起こっているのは急性の炎症とは異なり、軽度な慢性炎症であると考えられます。

図6 抗炎症作用を持つ薬物の投与で未成熟歯状回および作業記憶障害、巣作り行動の異常が改善される

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抗炎症作用のあるイブプロフェンおよびロリプラムを3週間にわたり投与したところ、Shn-2 KOマウスで、神経の炎症の指標であるアストログリア細胞の活性化が抑まり(A)、海馬歯状回の未成熟神経細胞のマーカーであるカルレチニンの発現が正常レベルに戻り(B)、T字型迷路で計測される作業記憶の障害が改善し(C)、巣作り行動の障害も改善されました(D)。

図7 本研究のまとめ

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Shn-2 KOマウスでは、遺伝的な要因によって脳内に慢性的で軽度な炎症が生じ、それが海馬歯状回の脱成熟(未成熟歯状回)を引き起こし、その結果、統合失調症様の行動異常のうち作業記憶の障害や巣作り行動の異常などが生じていることが分かりました。ヒトでは複数の遺伝的要因、環境要因などのユニークな組み合わせで、患者ごとに異なる発症要因が、慢性炎症や歯状回神経細胞の成熟度異常(未成熟歯状回)など、さまざまな脳内の異常を引き起こしている可能性があります。これらは患者間である程度共通しており、統合失調症の中間表現型となります。これらの脳内で起こる異常により、共通したさまざまな行動異常(症状)が導かれると考えられます。

用語解説

注1)作業記憶
 状況の変化や作業の進行に応じて、必要な情報の処理と保持を行う記憶機能。長期的・継続的に有効な情報に関する記憶(参照記憶)に対して、その時点で一時的に有効な情報に関する記憶。マウスでは8方向放射状迷路やT字型迷路を用いて作業記憶を調べることができる。

注2)網羅的行動テストバッテリー
 遺伝子改変マウスの感覚、運動、情動、睡眠・リズム、注意、学習・記憶、社会的行動などさまざまな行動領域を解析するために用いられている行動テストを組み合わせたもの。効率の良い網羅的な解析を可能としている。

注3)Schnurri-2
 ゲノムに結合し、遺伝子の発現を制御するたんぱく質(転写因子)の一種。免疫反応で中心的役割を果たすNF-κBというたんぱく質と競合するため、NF-κBの遺伝子発現制御に影響を与えると考えられている。

注4)統合失調症
 陽性症状(妄想や幻覚)、陰性症状(無関心、意欲の低下、社会性の低下)、認知障害が認められる精神疾患。

注5)パルバルブミン
 細胞内シグナル伝達に重要なカルシウムイオンに結合するたんぱく質の1つ。海馬歯状回では介在ニューロンと呼ばれる神経細胞に発現している。

注6)ゲノムワイド関連解析
 疾患などの患者集団と一般対照集団との間で遺伝情報の違いを検定し、原因となる遺伝子の多様性を見いだすことを、全ゲノム領域で行う方法。

注7)未成熟歯状回
 歯状回は記憶をつかさどる海馬の一領域で海馬への情報入力に重要な役割を果たしている。近年、成体においても毎日数千の神経細胞が生まれてくる場所であることが明らかにされた。生まれてきた神経細胞は、刺激を受け活動することにより成長し、1~2ヵ月で「成熟神経細胞」となり海馬の回路に組み込まれ役割を果たすことができる。それまでは「未成熟神経細胞」と呼ばれ、成熟したものとは形状・性質が顕著に異なることが知られている。何らかの原因で歯状回の神経細胞が未成熟な状態になっているものを「未成熟歯状回」と呼んでいる。

注8)プレパルス抑制
 強い刺激、例えば大きな音をヒトや動物に突然与えると驚愕反応が引き起こされるが、その刺激の直前に微弱な刺激(小さな音)を提示すると驚愕反応が抑制されることが知られており、この現象をプレパルス抑制(PPI)と呼ぶ。統合失調症患者ではこのPPIが低下していることが報告されている。

注9)ジーンチップ
 ガラスや半導体の基板の上にDNAを貼り付けたもので遺伝子がどのように発現しているかを網羅的に調べることができる。

注10)GAD67
 グルタミン酸脱炭酸酵素の1つで、この酵素の働きにより、グルタミン酸からγ-アミノ酪酸(GABA)が作られる。

注11)カルビンジン
 海馬歯状回では、成熟した顆粒細胞に発現するが、未成熟な顆粒細胞には発現していない。細胞内シグナル伝達に重要なカルシウムイオンに結合するたんぱく質の1つ。

注12)カルレチニン
 海馬歯状回では未成熟な顆粒細胞に発現し、成熟した顆粒細胞では発現しない。これもカルシウムイオンに結合するたんぱく質の1つ。

注13)アストログリア細胞
 脳や脊髄などの中枢神経系に存在するグリア細胞(神経系における神経細胞ではない細胞の総称)の1つ。炎症により活性化することが知られている。

論文タイトル

“Deficiency of Schnurri-2, an MHC enhancer binding protein, induces mild chronic inflammation in the brain and confers molecular, neuronal, and behavioral phenotypes related to schizophrenia”
(MHCエンハンサー結合たんぱくSchnurri-2の欠損は脳内に軽度な慢性炎症を引き起こし、統合失調症に関連した分子・神経・行動表現型をもたらす)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
宮川 剛(ミヤカワ ツヨシ)
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98
Tel:0562-93-9375 Fax:0562-92-5382
E-mail:miyakawa@fujita-hu.ac.jp

<JSTの事業に関すること>
石正 茂(イシマサ シゲル)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:crest@jst.go.jp



<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho@jst.go.jp

藤田保健衛生大学 法人本部 総務広報部
〒470-1192 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1番地98
Tel:0562-93-2490 Fax:0562-93-4597
E-mail:kouhou@fujita-hu.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
准教授 小泉 周(コイズミ アマネ)
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
E-mail:public@nips.ac.jp
 


平成26年度 生理学研究所 大学院生募集

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 自然科学研究機構 生理学研究所では、人体の機能を解明することを目標に、分子からシステムに至る広範なレベルを有機的に統合した先端的研究を進めています。
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NMDA受容体によって誘発される大脳皮質スライスてんかん発射活動とERK1/2-MAPキナーゼの活性制御

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概要

ERK1/2(Extracellular signal-regulated kinase 1/2)は、MAPキナーゼのサブファミリーのひとつで、中枢神経系に多く存在し、様々な役割を担っていることから、その活性化の条件を知ることは重要である。これまでの研究から、てんかん発作を始めとする神経活動の興奮性の増大時や、海馬におけるNMDA受容体依存性のシナプスの長期増強時に、細胞内Ca2+の上昇によってERK1/2の活性化が起こることが知られている。一方、最近の培養細胞を用いた研究によると、NMDA受容体の活性化が必ずしもERK1/2の活性上昇をもたらすとは限らないことがわかってきた。そこで本研究においては、ラット大脳皮質スライスを用いて、生体内におけるNMDA受容体とERK1/2活性化との関連を、神経回路レベルで明らかにしようと試みた。大脳皮質スライスの外液中のMg2+濃度をゼロにしてNMDA受容体を活性化すると、てんかん様発射活動が起こるが、ERK1/2の活性上昇は認められなかった。一方、Mg2+-ゼロと同時にピクロトキシンを加えて抑制性のGABAA受容体を抑えると、ERK1/2活性が大きく上昇し、基質蛋白のリン酸化の増大も観察された。免疫組織染色を行うと、大脳皮質の浅層と深層の神経細胞に、活性化の指標となるリン酸化ERK1/2が強く染色された。この条件下では、神経細胞の脱分極と活動電位のバースト発射が、Mg2+-ゼロ条件下に比べて、はるかに強く観察された。これらの結果から、大脳皮質の神経回路のレベルにおいては、NMDA受容体の活性化は、興奮性のみならず抑制性シナプス伝達をも増強するため、ERK1/2の活性化が起こらないが、NMDA受容体の活性化と同時に抑制性シナプス伝達を抑えると、興奮性シナプス伝達が選択的に増強されるため、ERK1/2の強力な活性化が起こることが判明した。このように、生体内における神経活動と蛋白質リン酸化との関連を解明して行くためには、神経回路レベルでの解析が重要である。

(1)大脳皮質スライスを用いて電気生理学的解析とERK1/2キナーゼ活性の解析を行った。
(2)外液中のMg2+-ゼロ条件下でNMDA受容体を活性化させ、てんかん様発射活動を起こしても、ERK1/2の活性上昇は認められなかった。
(3)さらに抑制性のGABAA受容体をブロックすると、神経活動のさらなる増大と共に、ERK1/2の活性化が認められた。
(4)神経活動依存的なERK1/2の活性制御を理解するためには、神経回路レベルでの解析が重要である。

論文情報

Yamagata, Y., Kaneko, K., Kase, D., Ishihara, H., Nairn, A.C., Obata, K., Imoto, K. 
Regulation of ERK1/2 mitogen-activated protein kinase by NMDA-receptor-induced seizure activity in cortical slices.
Brain Res. in press, 2013. (online publication ahead of print, 16 February 2013)
DOI: 10.1016/j.brainres.2013.02.015

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大脳皮質スライスの外液中のMg2+濃度をゼロにしてNMDA受容体を活性化しても(Mg2+-free)、コントロール(Cont)と比べてERK1/2の活性は上昇しないが、さらにピクロトキシン(PTX)を加えて抑制性のGABAA受容体を抑えると(Mg2+-free + PTX)、ERK1/2活性が大きく上昇した(A、B)。このERK1/2活性の上昇は、NMDA受容体と非NMDA受容体の両方に依存していた(C)。パッチクランプ法を用いて神経細胞の活動を記録すると、Mg2+-ゼロ単独の場合(D)に比べて、ピクロトキシンを加えると(E)、神経細胞の脱分極と活動電位のバースト発射がはるかに増強していた。

「おかしん先端科学奨学金制度」創設記念式が行われました

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平成25年2月28日木曜日、岡崎信用金庫本部にて、おかしん先端科学奨学金制度の創設記念式と奨学金授与の式典が行われました。

「おかしん先端科学奨学金制度」の概要(岡崎信用金庫)

  • 奨学金の名称: おかしん先端科学奨学金
  • 支援内容: 総額990万円(平成24年度から平成26年度までの3年間)
  • 平成24年度に3名の奨学金受給者を決定し、1年に一人当たり110万円の支援を行う。
  • 対象者:基礎生物学研究所、生理学研究所および分子科学研究所が基盤機関として、教育研究を担当する総合研究大学院大学の基礎生物学専攻、生理科学専攻、機能分子科学専攻および構造分子科学専攻の大学院生

式典の様子(写真)

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脳梗塞回復期におけるグリア細胞の働きの解明

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概要

 脳梗塞により脳の機能の一部が失われるが、適切なリハビリテーションを行えばある程度は回復が見込める。しかし、この回復の詳細な過程はまだ明らかではない。脳梗塞後の機能回復の過程において、直接障害を受けていない反対側の脳の働きが注目されている。これまでの本研究グループのマウスを用いた研究では、感覚野の脳梗塞後2日~1週間の間で反対側の感覚野の活性化が起こり、神経回路の再編成が起こったのち、健常な側の脳が従来両側の脳で分担していた役割を担うようになることによって、脳梗塞によって失われた機能の回復が起こることを報告している(Takatsuru et al., J. Neurosci., 2009)。今回、群馬大学大学院医学系研究科の高鶴 裕介 助教は、自然科学研究機構生理学研究所の鍋倉 淳一 教授と共同で、この脳の働きが活性化している過程においては、脳のグリア細胞(脳を構成する細胞のうち、神経細胞の働きを助ける細胞)が大変重要な働きをしていることを解明した。米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス、2013.3.13掲載)に掲載される。
 脳梗塞時には、健常な側の脳では機能回復に必要な神経回路の再編成に伴い、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸が大量に放出されているが、その濃度が高くなりすぎると神経細胞を傷害してしまう。研究グループは、動物を生きたままの状態で観察することができる二光子レーザー顕微鏡と呼ばれる最先端の顕微鏡を使い、末梢神経を刺激した時の神経細胞および、グリア細胞の活動性を測定したところ、神経回路が再編成している時期ではグリア細胞の活動が高まっていることを発見した。一方、このグリア細胞が本来行っているグルタミン酸回収を抑制してしまうと機能回復が起こらないこともわかった。これらのことから、神経細胞の周りのグリア細胞が、グルタミン酸濃度が上昇しすぎないように調整していることが、脳梗塞後の機能回復に重要であることを明らかにした。

社会的意義とこれからの展望


 今回の発見は(1)脳梗塞後の機能回復に障害を受けていない健常な側の脳の働きが重要であること(2)その働きにおいて、グリア細胞が重要であること(3)グリア細胞は神経細胞の一過性の過剰興奮を抑制することで脳を保護していること、を明らかにした。グリア細胞を新たな標的として研究していくことにより、これまで以上に効果的な脳梗塞後の機能回復に向けた治療法が開発されることが期待できる。今後は、脳梗塞後の機能回復の過程でグリア細胞の働を効率よく活性化できるような新薬の開拓・開発を目指していく予定である

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お問い合わせ

(研究に関すること)
群馬大学大学院医学系研究科 応用生理学分野 
助教 高鶴裕介(タカツル ユウスケ)
〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22
Tel:027-220-7923 Fax:027-220-7923
E-mail:takatsur@med.gunma-u.ac.jp

(取材対応窓口)
群馬大学昭和地区事務部総務課
副課長 尾内 仁志
〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22
Tel:027-220-7711 Fax:027-220-7720
E-mail:onai@jimu.gunma-u.ac.jp

(自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室)
准教授 小泉 周(コイズミ アマネ)
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

科学者の「科学リテラシー」向上のススメ

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著: 小泉 周

JST 情報管理 56(1), 059-062, doi: 10.1241/johokanri.56.59 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.59)


私自身が子供のころ,漫画や子供向け科学雑誌の中には,「夢」があふれていた。ネコ型ロボット・ドラえもんは,“四次元”ポケットから未来の科学技術の結集である秘密道具を取り出し,のび太を救ってくれた。子供向け科学雑誌では,21世紀になると街の様子も一変,さまざまな科学技術で,市民の暮らしはより充実し,例えば,休日には月世界旅行を家族で楽しむなんてことまでも,現実のものとして語られていた。市民は科学技術の発展に(公害などの負の面もあったが),多くの期待をよせ,また,科学技術もその期待に応えていた。そういう科学技術と社会の間の相思相愛が,科学技術の発展の後ろ盾となっていた。

ところが,戦後,高度成長時代も終わり,バブルもはじけたころから,その関係もぎくしゃくしたものになってきた。科学技術の負の面が大きくクローズアップされるようになり,私が子供のころに描かれていた「科学技術によるバラ色の未来」は,1つずつ非現実的なものとなっていた。決定的なのは,3.11東日本大震災とそれに伴う原子力発電所の事故である。科学者と市民の感覚の大きなずれが浮き彫りになり,科学技術や科学者に対する信頼の危機に陥っている。科学者は,人それぞれ違うことを言い,どこに真実があるのかわからなくなった。しかも,科学者は時に嘘をいい,市民をまるめこもうとしてくる反社会的な存在となった。
そんな信頼の危機の中,科学者自身の意識も変わろうとしている。科学者も市民の一員であり,ただ研究室に閉じこもっているだけでなく,社会に目をむけ対話しなければならないことを少しずつ自覚している。内閣府からの通達もあり,科学者と市民との交流や対話は,ここ数年で大きく進んだ。実際,私の所属する自然科学研究機構の岡崎3研究所(生理学研究所,分子科学研究所,基礎生物学研究所)では,愛知県岡崎市教育委員会と連携して,市内の中学校全校(19校)で出前授業を行っている。こうした取り組みは,この5年以内で全国に急速に広がっている。

ただ,その一方で,市民との交流や対話をする中で,科学を“ちゃんと”市民に伝えることができるのか,そこに不安を感じる科学者も多い。また逆に市民からしてみても,普段はなかなか接することのない科学技術の言葉や考え方を,市民の立場から“ちゃんと”理解できるのか不安があり,科学技術と聞くだけで敬遠してしまい,食わず嫌いになっているところもあるのではないだろうか? 今回紹介する2冊の本は,市民の立場から,科学の目を養い,科学リテラシーを向上させることの意義と方法を説いているものだ。

市民の科学リテラシーの向上を目指して

市民目線で科学技術を考えるとき大切なことは,なにも「科学的知識」を知るだけが科学リテラシーの向上ではなく,「科学の考え方」そのものを同時に身に着ける必要があることだ。その際,まずは,ともかく「科学を疑うこと」。そう訴えるのは,各種メディアで科学コミュニケーターとして活躍されている内田麻理香さんの『科学との正しい付き合い方』。科学技術は絶対的な価値観ではなく,生活に密着した生活知でもあり,市民の目線で科学を疑うことから始めなければならないと説いている。

では,市民の立場で,科学的思考のプロセスをどのように身に着けていけばいいのか? 今回ご紹介する2つ目の本は,科学哲学者である戸田山和久さんの『「科学的思考」のレッスン-学校で教えてくれないサイエンス』。帯に「“科学アタマ”を速攻でつくる!」とあるように,科学者が科学を扱うときにどのように考えを積み上げていくのか,その科学的思考のプロセスも含めて,練習問題を解きながら,市民目線で体験し学んでいくスタイルが特徴的な本だ。

このように,この2冊の本は別々の立場から別々の視点で市民の科学リテラシーについて書かれているものだが,共通して,市民目線で「科学的知識」と「科学的思考」を学び,科学リテラシーを向上させなければならないと説いている。そして,その目的は,ただ,科学リテラシーを向上させるだけではなく,市民が科学リテラシーを十分に身に着けることで,それを武器にして,「科学をマニア(専門家)だけに任せてはならない」(内田麻理香さん),「そのリテラシーを使って,市民が科学・技術に関する社会的意思決定にちゃんと参画」しなければならない(戸田山和久さん),というように,市民のより積極的な科学技術の意思決定や未来像への参画と監視を訴えているのである。

科学者の“科学リテラシー”の問題?

私はこの2冊の本を読んでみて,別の視点から共通して感じたことがある。本の中では,市民の科学リテラシーをいかに向上させるか,その意義と方法が記されているのだが,むしろこの2冊の本が訴えたいことは,科学者自身も科学的思考などの“科学リテラシー”が欠如しており,そこが市民と科学者のぎくしゃくした関係の根本的な原因である,ということではないだろうか?
そう考えてみれば,この2冊の本に書かれていることは,科学者へのメッセージでもあると受け取ることができる。ここで,この2冊の本に書かれていた科学者にこそ知っておいてほしい科学リテラシーのポイントを2つ挙げてみたい。

ポイント1.理論/事実を二分法で考えてはいけない(『「科学的思考」のレッスン』より)

仮に,世に100%の真理や真実があるのであれば,人間の科学的営みは,その1つの側面を明らかにすることしかできない。理論をたて,仮説をつくり,その仮説を証明する実験や検証を行うことで,科学者は「事実」と呼ばれるものを積み上げていき,真理や真実に迫ろうとする。ただその事実も,実は真理や真実に一歩近づく努力でしかなく,100%ピュアな真理や真実を得ることは到底難しいことだ。つまり,科学者の得る事実の裏には必ず理論背景があり,理論と事実を分けて考えることはできない。それにも関わらず,科学者によっては,自分の理論や仮説に基づいた制約条件のもとで得た結果でしかない事実を,あたかも「100%真実・真理」であるかのごとく勘違いしていることがある。事実と思われるものも条件や環境,背景や文脈によってその意味や価値は変わり得る。そうした事実の“脆弱さ”は,科学の持つ不確実性を反映している。このことを勘違いし,科学者がある事実について「科学的に証明されている」とか「科学の裏付けがある」などと一方的に主張することは,結局は,市民の科学者への信頼を失う1つの要因になっているのではないだろうか?

ポイント2.科学を権威化・教条化してはならない(『科学との正しい付き合い方』より)

ポイント1にも通じるものがあるが,科学者が自分の得た事実をあたかも「真実・真理」と誤解したまま,科学の不確実性を忘れてその事実を伝えようとするとき,科学者は,科学をあたかも絶対真理のごとく「神聖不可侵」のものとして祭り上げてしまう。そして,例えば偉大な発見をした科学者はその道の絶対的な権威となり,その口から発せられた言葉は,すべて「真理・真実」であると勘違いされてしまう。たとえそれがその科学者の専門分野外のことで,ちんぷんかんぷんなことであろうといえどもだ。そうして権威化・教条化された科学は,特殊な科学者ソサエティーに属するマニア(専門家)だけの特別なものとなり,市民が科学に対して発言する機会を排除してしまう。
つまり,本来であれば科学技術はなにも特別のものではなく,生活知として市民の生活の中に入り込んでいるものであり,市民にとって身近なものであるはずなのだが,科学技術を社会から切り離して特別扱いしようとしているのは,むしろ科学者自身ではないだろうか? 権威化・教条化された科学は,悪用されれば,疑似科学の母体となる。つまり,そもそも疑似科学を生み出す温床は,こうした研究者ソサエティーの持つ排他的な性質とその閉鎖性ではないかとも考えられるのだ。

科学者による科学コミュニケーションのススメ

私自身は,科学技術振興機構に2012年4月より設置された科学コミュニケーションセンター(毛利衛センター長・北原和夫研究主監)のフェローとして,科学者と市民の間の意識のずれや課題について調査研究を行っている。この2冊の本を読んで,あらためて,市民と科学者の間のぎくしゃくした関係の背景には,市民の科学リテラシーの欠如だけでなく,科学者自身の“科学リテラシー”のなさも,大きく関わっているように思えてきた。科学者は,自ら作り出した“象牙の塔”から外に飛び出し,丁寧で慎重な科学的思考をもって市民と対話していく謙虚さを持たなければならないように感じられた。そういう意味で,この2冊の本は,科学者にこそぜひ読んでほしいと思えるものである。

 

 

 

第24回 (2013)生理科学実験技術トレーニングコース

科学者の[科学リテラシー"向上のススメ


周囲の温度で"冷たさセンサー"の冷たさの感じ方が変わる仕組みを解明

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内容

 皮膚近くにまで広がっている末梢の感覚神経には、TRPM8(トリップエムエイト)と呼ばれるタンパク質でできた冷受容体があり、“冷たさセンサー”として冷たさを感じています。ある温度以下になるとこの“冷たさセンサー”は冷たさを感じ、それを脳に伝えて脳が「冷たい」と感じるのです。その一方で、こうした冷たさの感じ方は、周囲の温度によって変わることが以前より知られています。たとえば、温かいお湯に手をつけておいてから室温の水につけると室温よりも冷たく感じられますが、低い温度の水に手をつけておいてから室温の水につけると温かく感じられます(「ウェーバーの3つのボウルの実験」Weber’s three-bowl experimentと呼ばれています 図1)。今回、自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の富永真琴教授は、株式会社マンダムとの共同研究により、周囲の温度によってTRPM8の冷たさを感じる温度が変化することを明らかにしました。環境温度が変化しやすい状況(入浴、運動後など)において有効に働く冷感剤を開発できるようになることが期待されます。米国神経科学会誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)の2013年4月3日号に掲載されます。

 上記の「ウェーバーの3つのボウルの実験」は、脳での温度情報統合機構の変化(慣れなど)によって説明されてきましたが、研究チームは感覚神経の温度センサーの機能変化でも説明ができるのではないかと考えました。研究チームが注目したのは、皮膚に伸びる末梢の感覚神経に分布するTRPM8と呼ばれる冷たさセンサー。このTRPM8を発現させた細胞の周囲温度を30度から40度まで変化させた時に、どの温度で冷たさを感じるようになるかを調べたところ、周囲の温度が高ければ高いほど、冷たさを感じ始める温度も高くなることがわかりました(図2)。また、この働きは、細胞内の特定のリン脂質(ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸, PIP2)とTRPM8の相互作用によって制御されていることを明らかにしました(図3)。

 富永教授は、「様々に変化する環境温度へ適応する際には、温度感覚の制御は脳だけでなく皮膚の温度受容体そのものが行っていることを初めて明らかにしました。温暖化で熱帯化しつつある地球環境において、エネルギーを使わずに涼しく過ごすための外用剤などの開発に役立つ情報と考えられます。たとえば、環境温度が変化しやすい状況(入浴、運動後など)において有効に働く冷感剤を開発できるようになると期待されます」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.末梢の感覚神経終末に発現する冷受容体TRPM8の活性化温度閾値が周囲の温度によって変化しうることを証明しました。
2.上記現象が細胞内で特定のリン脂質(ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸)とTRPM8の結合によって制御されている可能性を見出しました。

図1 ウェーバーの3つのボウルの実験(Weber’s three-bowl experiment)

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冷水と温水と室温の水を入れたボウルを3つ用意しておきます。左手は冷水につけ、右手は温水につけたあと、両方の手を室温の水につけると、冷水につけていた左手は室温の水を温かく感じ、温水につけていた右手は室温の水を冷たく感じます。この実験を、ウェーバーの3つのボウルの実験(Weber’s three-bowl experiment)と呼びます。

図2 細胞周囲の温度が高いとTRPM8が冷たさを感じる温度も上がる

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細胞の周囲の温度を30度から40度まで変化させたとき、どの温度で冷たさを感じるようになるか(冷たさの温度閾値)を図にしたもの。上図はTRPM8が温度に反応して流す電流の記録で、下図は細胞周囲の温度変化。細胞周囲の温度が高ければ高いほど、冷たさの温度閾値(TRPM8の活性化による電流応答が観察される温度)も上がることがわかりました(下図)。

図3 細胞内の特定のリン脂質の働きによってTRPM8の温度の感じ方が変わる

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2つの細胞周囲の温度(30度と40度)でのTRPM8が活性化する温度の違いとリン脂質の影響について図にしたもの。普通の状態(薬物無処置)では冷たさを感じる温度の差が大きいが、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸 (PIP2)を少なくする2つの薬物(m-3M3FBS、または、Wortmannin)処置によってその差がなくなりました。つまり、普通の状態では、細胞周囲の温度によって、細胞内の特定のリン脂質であるホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸 (PIP2)の働きによって、TRPM8が冷たさを感じる温度が変化することが明らかになりました。

この研究の社会的意義

周囲の温度に適応し冷たさの感じ方を変える仕組みを解明
 様々に変化する環境温度へ適応する際には、温度感覚の制御は脳だけでなく皮膚の温度受容体そのものが行っていることを初めて明らかにしました。温暖化で熱帯化しつつある地球環境において、エネルギーを使わずに涼しく過ごすための外用剤などの開発に役立つ情報と考えられます。たとえば、環境温度が変化しやすい状況(入浴、運動後など)において有効に働く冷感剤を開発できるようになると期待されます。

論文情報

Ambient temperature affects the temperature threshold for TRPM8 activation through binding of phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate.
米国神経科学会誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)2013年4月3日号
1.藤田郁尚(Fumitaka Fujita)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、株式会社マンダム
2.内田邦敏(Kunitoshi Uchida)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、総合研究大学院大学
3.高石雅之(Masayuki Takaishi)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、株式会社マンダム
4.曽我部隆彰(Takaaki Sokabe)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)
5.富永真琴(Makoto Tominaga)岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)、総合研究大学院大学

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)教授
富永真琴(トミナガマコト)
TEL 0564-59-5286  FAX 0564-59-5285 
Email: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp



 

平成25年度総研大メンタルヘルス相談について

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総研大 各位

総研大では学生生活を送るにあたって、「心の健康」に関する悩み事について、メンタルヘルス相談を設けています。岡崎地区における平成25年度総研大メンタルヘルス相談は下記のとおり実施しますので、ご利用ください。

実施期間: 平成25年4月~平成26年2月
実施会場: カウンセリング担当病院の相談室
実施方法: 各自でカウンセリング担当病院へ電話またはFAXで連絡を取り、総研大生である旨を申し出て、予約の上、カウンセリング相談を行うこととする。
カウンセリング相談の結果、診療・治療が必要と判断された場合にかかる費用については、各人の負担となる。
なお、カウンセリング相談を受ける際は、必ず学生証を提示する。なお、予約の際は必ず、学生証のコピーをFAXすること。
学生証の提示がない場合は,総研大としてのカウンセリング相談として受け付けることはできないので,注意すること。


 

メンタルヘルスカウンセリング担当病院及び担当医師

羽栗病院
〒444-3534 岡崎市羽栗町字田中
院長  粟生  洋
TEL: 0564-48-2005 FAX: 0564-48-3237

三河病院
〒444-0840 岡崎市戸崎町字牛転2
院長 大賀  杲
TEL: 0564-51-1778 FAX: 0564-51-1415

京ヶ峰岡田病院
〒444-0104 額田郡幸田町大字坂崎石ノ塔8
副院長 安藤 勝久
TEL: 0564-62-1421

竜美ストレス心療クリニック
〒444-0874 岡崎市竜美南1-5-1
院長 平田 進
TEL: 0564-54-3033 FAX: 0564-52-5553

ならい公園心療内科

〒444-0874 岡崎市明大寺町沖折戸1-3
院長 竹内 敏行
TEL: 0564-71-1515 FAX: 0564-71-1555

 

伊佐正教授が文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞

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内容

 自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐 正(いさ ただし)教授(52)は、京都大学大学院・生命科学研究科の渡邉 大(わたなべ だい)教授(50歳)ならびに福島県立医科大学・医学部附属生体情報伝達研究所の小林 和人(こばやし かずと)教授(52歳)と共同で、平成25年度科学技術分野の文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞することとなりました。受賞式は4月16日に文部科学省にて行われます。

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伊佐 正 教授

 

 

 

 

今回の受賞は、以下の受賞理由によるものです。
 


受賞理由:
霊長類の神経回路を選択的に制御する手法に関する研究

脳の複雑な神経回路機能を解明するには、個々の経路を選択的に操作することが必要であるが、従来マウスでは遺伝子改変動物の作製によって可能であったが、遺伝子改変動物の作製が困難で、巨大な脳を持つ霊長類では不可能だった。
本研究では、新規開発された高効率に逆行性輸送される改変レンチウィルスベクターに新規開発された増強型破傷風毒素を搭載して、狙った経路の投射先に注入し、さらに細胞体の位置に第2のウィルスベクターを注入することで、世界で初めてマカクザルにおいて経路選択的・可逆的に神経伝達の阻害に成功した。
本研究によって、霊長類の大脳運動野から手指の筋を支配する脊髄運動神経細胞につながる進化的に新しい直接経路と並行して存在する、進化的に古い間接経路を仲介する脊髄細胞を選択的に遮断し、手指の巧緻な運動が阻害されることを観察し、「間接経路」が霊長類固有に発達した巧緻運動に寄与することを示した。
本成果は、霊長類での経路選択的機能遮断法という、今後の高次脳機能研究に有力な技術を提供するとともに、本研究で明らかになった「間接経路」の機能に関する知見は脊髄損傷後の機能回復戦略の開発に寄与することが期待される。

主要論文

Kinoshita M, Matsui R, Kato S, Hasegawa T, Kasahara H, Isa K, Watakabe A, Yamamori T, Nishimura Y, Alstermark B., Watanabe D, Kobayashi K, Isa T (2012) Genetic dissection of the circuit for hand dexterity in primates. Nature 487: 235-238.

参考:研究成果について

自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐 正教授らと福島県立医大・京都大学の共同研究チームは、新しい二種類のウイルスベクターを用いることで特定の神経回路に選択的に遺伝子を導入する方法を新たに開発しました(二重遺伝子導入法)。この手法により、進化の過程で霊長類において新しく脳からの電気信号を筋肉に伝える直接の経路ができてきた一方で、取り残されてしまったと考えられてきた“間接経路”が、実は私たち霊長類においても手指の巧みな 動きを作りだすことに重要な役割を果たしていることを発見しました。文部科学省・脳科学研究戦略推進プログラムの共同研究プロジェクトによる研究成果です。本研究成果は、英国科学誌Nature(2012年6月17日号電子版)に掲載されました。

プレスリリース(2012年6月18日):
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/06/post-214.html

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達研究部門
教授 伊佐 正 (いさ ただし)
Email:tisa@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

傷ついた脊髄を人工的につないで手を自在に動かす「人工神経接続」技術を開発

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内容

脊髄は、脳と手や足をつなぐ神経の経路となっています。脊髄が損傷し、その経路が途絶えると、脳からの電気信号が手や足に届かなくなり、手や足が動かせなくなってしまいます。今回、自然科学研究機構生理学研究所の西村幸男(にしむら ゆきお)准教授と、米国ワシントン大学の研究グループは、脊髄損傷モデルサルの損傷された脊髄の部分を人工的にバイパスしてつなぐ「人工神経接続」技術を開発。これにより、脳の大脳皮質から出る電気信号により、麻痺した自分自身の手を自在に動かすことができるようにまで回復させることに成功しました。神経回路専門誌Frontiers in Neural Circuits(4月11日号電子版)に掲載されます。

 研究グループは、脊髄損傷においては、脊髄の神経経路が途絶えているだけで、脳の大脳皮質からの電気信号を、損傷部位をバイパスして、機能の残っている脊髄に伝えてあげれば、手を健常に動かすことができると考えました。そこで、特殊な電子回路を介して傷ついた脊髄をバイパスし、人工的につなげる「人工神経接続」の技術を開発しました(図1)。実際、脊髄損傷モデルサルの損傷した脊髄を人工神経接続によってバイパスさせたところ、手の筋肉を思い通りに動かすことができるようにまで回復しました(図2)。

西村准教授は、「運動麻痺患者の切なる思いは、自分自身の体を自分の意思で自由自在に動かしたい、これにつきます。今回の手法はこれまでの研究とは異なり、ロボットアームのような機械の手(義手)を自分の手の代わりに使っていません。自分自身の麻痺した手を人工神経接続により、損傷した神経経路をブリッジして自分の意思で制御できるように回復させているところが新しい点です。従来、考えられてきた義手やロボットを使う補綴より実現の可能性が高い(早道である)のではないかと考えています」と話しています。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人 光男 (株) 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス」(研究代表者:西村 幸男)の一環として行われました。

また、今回の動物実験に関しては、動物実験の指針を整備するとともに、研究所内動物実験委員会における審議を経て、適切な動物実験を行っております。

今回の発見

1.脊髄を損傷したサルの損傷部位をバイパスして、脳の大脳皮質の信号を脊髄の運動神経に人工的につなげて送る「人工神経接続」技術を確立した。
2.「人工神経接続」によって、麻痺した手を自在に動かすことができるまで回復した。

図1 損傷した脊髄をバイパスさせる「人工神経接続」技術を開発

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「人工神経接続」の模式図。損傷した脊髄の経路をバイパスして、人工的に脳と脊髄の運動神経をつなぐ技術。原画:理系漫画家はやのん。

図2 人工神経接続によって、筋肉を自在に動かすことができるように回復

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脳の局所電位を記録し、そこから腕の運動にかかわる電気信号を抽出しました。その信号にあわせて障害部位より下の脊髄に刺激をあたえたところ、刺激にあわせて腕の筋肉の収縮がみられ(腕の筋電図)、手を動かし、レバーを押すことができるようになりました。人工神経接続の電子回路をオフにしたときには、こうした手の動きは見られませんでした。

この研究の社会的意義

脊髄損傷患者の手足の運動回復に応用へ
今回の手法はこれまでの研究とは異なり、ロボットアームのような機械の手(義手)を自分の手の代わりに使わずに、自分自身の麻痺した手を人工神経接続により、自分の意思で制御できるように回復させているところが新しい点です。従来、考えられてきた義手やロボットを使う補綴より実現の可能性が高い(早道である)のではないかと考えています

論文情報

Restoration of upper limb movement via artificial corticospinal and musculospinal connections in a monkey with spinal cord injury
Yukio Nishimura, Steve I. Perlmutter, Eberhard E. Fetz
Frontiers in Neural Circuits 4月10日号掲載(電子版のみ)

お問い合わせ先

 
<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
准教授 西村 幸男 (ニシムラ ユキオ)
Tel: 0564-55-7766   FAX: 0564-55-7766 
E-mail: yukio@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:jstkoho@jst.go.jp





 

 

2013年度 大学院カリキュラム公開

血糖値のコントロールには脳が大事

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概要

 血糖値をコントロールするためには、運動、そして食事が大事であり、膵臓のβ細胞から血中に分泌されるインスリンが、その調節に重要であることは良く知られています。しかし、近年、血糖の利用を調節する器官として、脳、とりわけ視床下部が、重要であることが明らかとなってきました。例えば、脂肪萎縮症(脂肪組織が先天的、後天的に萎縮する)の患者は、重度の糖尿病を発症し、インスリンもほとんど効果が無い場合があります。しかし、脂肪細胞から産生され、血液を介して脳に作用するタンパク質ホルモン、レプチンを投与すると、糖尿病が著しく改善します。現在では、レプチンは、脂肪萎縮症における糖尿病治療薬として臨床で用いられています。しかし、レプチンが、脳に作用し、どのようにして脂肪萎縮症の糖尿病を改善するかは、ほとんど解明されていません。骨格筋は、人において、血糖を利用する最も重要な臓器です。生殖・内分泌系発達機構研究部門箕越教授のグループは、レプチンが発見される以前から、視床下部が、骨格筋での糖の利用を調節することを明らかにして来ました。また、レプチンが発見された以後は、レプチン及び視床下部に存在する神経ペプチドが、視床下部による血糖調節機構を活性化、骨格筋での糖利用を促進し、糖尿病の防止に寄与することを報告しました(Diabetes 1999; Diabetes 1999; Nature 2002; Cell Metabolism 2009; Diabetes 2009)。
 今回、同部門の戸田研究員(NIPS リサーチフェロー)は、骨格筋と肝臓での糖代謝を調節する視床下部におけるレプチンの作用機構を明らかにしました。レプチンは、視床下部の中でも、特に視床下部腹内側核(VMH)ニューロンに作用を及ぼし、タンパク質であるSTAT3とERK1/2を活性化します。戸田研究員は、無麻酔、非拘束下のマウスにおいて、レプチンによる糖代謝調節機構を、Hyperinsulinemic-Euglycemic clamp法という解析技術を用いて調べました。その結果、全身に投与したレプチンは、VMHニューロンに直接作用してERK1/2とSTAT3を活性化し、これらのタンパク質がそれぞれ、骨格筋と肝臓におけるインスリンによる糖代謝調節作用(インスリン感受性)を高めることを見出しました。レプチンは、ERK1/2やSTAT3を介してVMHにおけるシナプス可塑性を変化させることにより、骨格筋と肝臓での糖代謝を制御すると考えられます。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

図 レプチンによる視床下部を介した糖代謝調節作用

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レプチンは、視床下部腹内側核(VMH)ニューロンに直接作用を及ぼしてタンパク質STAT3とERK1/2を活性化し、これらのタンパク質がそれぞれ、骨格筋と肝臓におけるインスリンによる糖代謝調節作用(インスリン感受性)を高める。レプチンは、VMHニューロンを介して弓状核POMCニューロンを活性化すると同時に、POMCニューロンとメラノコルチン受容体(MCR)との間のシナプス可塑性を変化させる。ERK1/2は、POMCニューロンとメラノコルチン受容体(MCR)との間のシナプス可塑性に調節作用を及ぼすと考えられる。

研究の社会的意義

日本では、糖尿病で無くなる人は年間1万4千人、「糖尿病が強く疑われる人」と「糖尿病の可能性のある人」を合わせると2210万人いると言われています(平成19年国民健康・栄養調査)。視床下部を介する血糖調節機構は、良く知られているインスリンによる血糖調節機構と全く異なる分子機構に基づいています。その詳しい分子メカニズムが分かれば、新たな治療薬の開発につながると考えられています。

論文情報

Extracellular Signal-Regulated Kinase in the Ventromedial Hypothalamus Mediates Leptin-Induced Glucose Uptake in Red-Type Skeletal Muscle.
Toda C, Shiuchi T, Kageyama H, Okamoto S, Coutinho EA, Sato T, Okamatsu-Ogura Y, Yokota S, Takagi K, Tang L, Saito K, Shioda S, Minokoshi Y.
Diabetes 2013, doi: 10.2337/db12-1629
下記ホームページで公開中
(http://diabetes.diabetesjournals.org/content/early/2013/03/22/db12-1629.long)
本研究は、昭和大学、北海道大学、桐生大学との共同研究によるものです。
 

総合、神経科学分野で生理学研究所が論文引用指数第3位に(2007~2011年)「2014年度大学ランキング」(朝日新聞出版)より引用

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朝日新聞出版発行の 「2014年度大学ランキング」(2013年4月発行)で、トムソン・ロイター社による2007-2011年における論文引用度に関するランクが発表され ま した。 研究者人口や注目度の高さや時流などを無視して安易に分野を越えての比較を行うことはできませんが、「総合」で生理学研究所は第3位に、また、「神経科学 分野」でも生理学研究所が第3位にランクされました。

論文引用度指数(国内2007-2011)  総合
   
  大学・機関
論文数 引用度指数
首都大学東京 2,754 140.9
分子科学研究所 1,178 136.4
生理学研究所 604
133.6
国立遺伝学研究所 611 133.0
京都薬科大学 691 123.9
立教大学 682 123.6
東京大学 35,710 123.2
京都大学 26,405 121.5
東京工業大学 11,442 121.5
10 総合研究大学院大学 2,003 120.0
11 東京医科歯科大学 4,081 119.8
12 奈良先端科学技術大学院大学 1,691 119.7
13 滋賀医科大学 1,308 119.5
14 大阪大学 21,027 119.4
15 藤田保健衛生大学 1,439 119.2
 
 
 
分野別(国内2007-2011)  神経科学
   
  大学・機関 論文数 引用度指数
1 自治医科大学                           85 148.2
2 群馬大学 278 139.8
3 生理学研究所 350
139.5
4 総合研究大学院大学 228 131.4
5 東京大学 1,053 130.0
6 京都大学 878 129.0
7 藤田保健衛生大学 199 128.8
8 名古屋大学 563 126.4
9 大阪市立大学 122 125.3
10 大阪大学 602 124.6
10 北海道大学 493 124.6
 
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手や足の「運動」をストップさせる大脳基底核の神経経路の働きを証明 ―ハンチントン病のモデルマウス、パーキンソン病の病態解明にも期待―

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内容

ハンチントン病やパーキンソン病といった難治性神経疾患で起きる手や足の「運動」の異常は、脳の大脳基底核と呼ばれる部分の異常により生じることが知られています。今回、自然科学研究機構生理学研究所の佐野 裕美助教、南部篤教授らの研究チームは、大脳基底核内部の神経回路の一つである線条体-淡蒼球投射経路が手や足の運動をストップさせる機能を担うことを、遺伝子改変マウスを用いた巧みな実験で実証することに成功しました。本研究成果は、米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)で公開されます(4月24日号)。なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金の助成を受け、また、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として行われました。
 

 研究チームは、大脳基底核の線条体-淡蒼球投射経路だけをなくすことができる遺伝子改変マウスを用いてその働きを調べました。これまでの定説では、線条体-淡蒼球投射経路をなくすと、運動と関係のない自発的な大脳基底核からの出力信号(黒質網様部の活動)が減るとされていました。今回の実験結果はこれまでの定説とは異なり、この経路を無くしただけでは自発的な出力信号の変化は生じませんでした。一方、大脳皮質を刺激して運動の指令を出したところ、正常であれば大脳基底核の出力信号に三相性(興奮―抑制―興奮)の反応が見られるところが、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。これまでの研究から、線条体-淡蒼球投射経路が働かなくなると、手や足の「運動」を止めることができなくなることが知られていました。今回の研究成果から、線条体-淡蒼球投射経路は大脳基底核出力信号の三相目の遅い興奮をもたらして手や足の「運動」をストップさせる役割を果たしており、この経路が働かなくなると手や足の「運動」を止めることができなくなると考えられました。

 南部教授は、「難治性神経疾患であるハンチントン病の初期には、この線条体-淡蒼球投射経路が侵されることから、今回のマウスは初期のハンチントン病のモデル動物と考えることができます。ハンチントン病の病態生理の解明や治療法の開発に貢献できるでしょう。また、大脳基底核はパーキンソン病とも深く関わる領域です。パーキンソン病の場合、本実験で明らかにした「運動」をストップさせる機能が逆に亢進し、動きづらくなってしまっていると考えられています。今回、線条体-淡蒼球投射経路が運動のストップ機能を担っていることが明らかになったので、この経路を働かなくすることができれば、パーキンソン病の治療法や病態生理の解明にもつながるものと期待できます」と話しています。  

今回の発見

1. 大脳基底核の線条体-淡蒼球投射経路だけをなくすことができる遺伝子改変マウスを用いてその働きを調べました。
2. これまでの定説と異なり、線条体-淡蒼球投射経路をなくしても、自発的な大脳基底核からの出力信号(黒質網様部の活動)は変化しませんでした。
3. 大脳皮質を刺激して運動の指令を出したところ、正常なら大脳基底核の出力信号に三相性(興奮―抑制―興奮)の反応が見られるところが、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。
4. 線条体-淡蒼球投射経路をなくすと、手や足の「運動」をストップさせる機能がなくなることが知られています。このことから、大脳基底核の出力信号の三相目の遅い興奮が、手や足の「運動」をストップさせる役割を果たしていることがわかりました。

図1 大脳皮質からの指令は、大脳基底核の3つの経路を通り、「運動」を制御する

20130424nanbu-1.jpg

大脳皮質から「運動」の指令が出ると、その情報は大脳基底核の中でハイパー直接路、直接路、間接路という3つの経路を通り、出力部(黒質網様部)に伝えられ、「運動」が制御されます。今回の遺伝子改変マウスでは、このうち、間接路の途中で線条体と淡蒼球をつなぐ、線条体-淡蒼球投射経路のみを選択的にイムノトキシンと呼ばれる毒素を使って無くすことができます(上図点線赤丸)。

図2 大脳基底核出力部(黒質網様部)の三相性の反応のうち第三相の遅い興奮が消失

20130424nambu-2.jpg

黒質網様体部の神経の活動の記録。正常(左側)では、興奮―抑制―興奮の三相性の反応が見られます。一方で、線条体-淡蒼球投射経路を無くした遺伝子改変マウス(右側)では、三相目の遅い興奮が見られなくなりました。

図3 大脳基底核からの出力の三相目の遅い興奮がなくなると、手や足の「運動」のストップ機能が消失し、「運動」の活動性が上昇する

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遺伝子改変マウスで、線条体-淡蒼球投射経路を除去すると、黒質網様部での遅い興奮がなくなり、「運動」をストップさせることができず、自発運動量が上昇しました。このことから、線条体-淡蒼球投射経路は、「運動」をストップさせる機能があることがわかりました。

この研究の社会的意義

ハンチントン病やパーキンソン病の病態と、「運動」のストップ機能異常との関連性の解明
難治性神経疾患であるハンチントン病の初期には、この線条体-淡蒼球投射経路が侵されることから、今回のマウスは初期のハンチントン病のモデル動物と考えることができます。ハンチントン病の病態生理の解明や治療法の開発に貢献できるでしょう。また、大脳基底核はパーキンソン病とも深く関わる領域です。パーキンソン病の場合、本実験で明らかにした「運動」をストップする機能が逆に亢進し、動きづらくなってしまっていると考えられています。今回、線条体-淡蒼球投射経路が運動のストップ機能を担っていることが明らかになったので、この経路を働かなくすることができれば、パーキンソン病の治療法や病態生理の解明にもつながるものと期待できます。

図4 ハンチントン病とパーキンソン病の運動障害

20130424nanbu-4.jpg画:はやのん理系漫画制作室

論文情報

Signals through the Striatopallidal Indirect Pathway Stop Movements by Phasic Excitation in the Substantia Nigra
Hiromi Sano, Satomi Chiken,, Takatoshi Hikida, Kazuto Kobayashi, Atsushi Nambu
米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience) 4月24日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
助教 佐野 裕美(さの ひろみ)
教授 南部 篤(なんぶ あつし)
Tel:0564-55-7771 FAX:0564-55-7773 
E-mail: nambu@nips.ac.jp(南部教授)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

 




 

光で泳ぎのオン・オフに成功! 魚の泳ぎの指令塔となる神経細胞群を発見

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内容

魚は、尾を左右に振ることで、泳ぐことができます。このような尾を左右に振るリズミカルな動きは、人でいう歩行のメカニズムにつながる動物の基本的な作動メカニズムと考えられます。今回、自然科学研究機構生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)東島眞一准教授は、脊髄の付け根にあたる「後脳」という部分にあるV2aと呼ばれる神経細胞群が、尾を左右に振り泳ぎをコントロールする指令塔になっていることを明らかにしました。V2a神経細胞群に、光に反応する光感受性色素タンパク質を遺伝子発現させたところ、光に応じて、尾を振ったり、止めたり、泳ぎを光でオン・オフさせることに成功しました。米国生物学専門誌カレント・バイオロジー(4月25日電子版)に掲載されます。

研究グループは、ゼブラフィッシュという小型魚の脳の後脳にあるV2aと呼ばれる神経細胞群に注目しました。このV2a神経細胞群に、光に反応して神経細胞を興奮させることができるチャネロドプシンという光感受性色素タンパク質を遺伝子発現させたところ、光をあてることで尾を左右にふり泳ぎ始めました。逆に、同じV2a神経細胞群に、光に反応して神経細胞の働きを抑えることができるアーキロドプシンという別の光感受性色素タンパク質を遺伝子発現させたところ、光をあてることで尾を左右にふるのをやめ、泳ぎが止まりました。以上から、後脳のV2a神経細胞群によって、尾を左右に振り泳ぎのリズムをつくる神経細胞の働きがコントロールされており、V2a神経細胞群が泳ぎの制御に指令塔として必要十分な働きをすることがわかりました。

東島准教授は、「小型魚であるゼブラフィッシュも、人と同じ脊椎動物です。人をはじめとする脊椎動物の脳幹にも同じ種類の神経細胞群があると考えられることから、脊椎動物の歩行などのロコモーションを制御する主要な神経回路の1つが明らかになったと言えるでしょう」と話しています。

kakenhi-logo.jpg


文部科学省科学研究費補助金による支援をうけて行われました。

今回の発見

1.ゼブラフィッシュの後脳のV2a神経細胞群に光感受性色素タンパク質チャネロドプシンを遺伝子発現させ、光によって神経細胞を興奮させると、遊泳行動が起きました。
2.後脳のV2a神経細胞群に光感受性色素タンパク質アーキロトプシンを遺伝子発現させ、光によって神経細胞を抑制させると、遊泳行動が停止しました。

図1 V2a神経細胞群にGFPを遺伝子発現させたゼブラフィッシュ

higashijima20130426-1.jpg

V2a神経細胞群にGFPを遺伝子発現させて緑色に光るゼブラフィッシュの頭部の写真。実際には、Chx10プロモーター存在下にGFPを遺伝子発現させました。V2a神経細胞群はこのGFP発現細胞のうち、後脳と脊髄に存在する神経細胞群を指します。本研究では、この中で後脳のV2a神経細胞群に注目しました。

図2 V2a神経細胞群にチヤネルロドプシンを遺伝子発現させた魚

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後脳のV2a神経細胞群に、光を感じて神経細胞を興奮させることができるチャネロドプシンというタンパク質を遺伝子発現させました。この魚の後脳に青色光を照射したところ、光に反応して、止まっていた尾を左右にふりはじめました。

図3 V2a神経細胞群にアーキロドプシンを遺伝子発現させた魚

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後脳のV2a神経細胞群に、光を感じて神経細胞の活動を抑制させるアーキロドプシンというタンパク質を遺伝子発現させました。この魚の後脳に緑色光を照射したところ、光に反応して、左右に振っていた尾が止まりました。

この研究の社会的意義

脊椎動物の脳幹にある神経細胞群がロコモーションに重要な役割をしている
ゼブラフィッシュは哺乳類と同じ脊椎動物であり、脊髄及び後脳の遺伝子発現パターンも進化的に保存されているので、哺乳類でも後脳V2a神経細胞群がロコモーションに不可欠な役割を果たしているであろうと考えられます。今回の研究によって、ヒトをはじめとする脊椎動物の脳幹で、歩行などのロコモーションを制御する主要な神経回路の1つが明らかになったと言えます。

図4 光で泳ぎのオン・オフに成功!

higashijima20130426-4.jpg

論文情報

Hindbrain V2a neurons in the excitation of spinal locomotor circuits during zebrafish swimming
Yukiko Kimura, Chie Satou, Shunji Fujioka, Wataru Shoji, Keiko Umeda, Toru Ishizuka, Hiromu Yawo, and Shin-ichi Higashijima
カレント・バイオロジー(Current Biology) 4月25日電子版

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 (岡崎統合バイオバイオサイエンスセンター) 准教授
東島眞一 (ヒガシジマ シンイチ) 
Tel:0564-59-5255 Fax:0564-59-5259 
E-mail: shigashi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp


 

2013年度 第2回 生理学研究所 大学院説明会 (8月3日) の参加登録開始

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2013年度 第2回 生理学研究所 大学院説明会 (8月3日) の参加登録開始

詳しくはこちらから。

位相差クライオ電子顕微鏡で酵素タンパク質ダイサーと小分子RNAの結合をくっきり観察することに成功!

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内容

自然科学研究機構 生理学研究所の永山國昭教授を中心に開発された位相差クライオ電子顕微鏡は、通常の電子顕微鏡とは異なり、標本を染色などすることなく、凍らしただけで、タンパク質や微生物の中まで明瞭に観察することができる最先端の電子顕微鏡です。今回、米国エール大学、カルフォルニア大学バークレー校、中国精華大学の研究グループは、生理学研究所と共同で、この位相差クライオ電子顕微鏡を用いて、ヒトのダイサーと呼ばれる酵素タンパク質と小分子RNA(リボ核酸)が、どのように結合し複合体をつくり機能しているのかを明らかにすることに成功しました。これまでの手法では、複数の異なる構造が混在した複合体の構造解析は困難でしたが、位相差クライオ電子顕微鏡の高いコントラスト性能をいかすことで、主要な構造を選別して構造解析を行うことができました。今回の研究成果は、ネイチャー誌の姉妹誌であるNature Structural and Molecular Biologyに掲載されました(4月28日発刊)。

 ダイサーは、細胞の細胞質で働く酵素タンパク質の一つであり、遺伝情報の発現を抑制させる小分子RNAを生み出す働きを持ちます。小分子RNAは、 長さ20から25塩基ほどの短いRNAのことをいい、他の遺伝子の発現を調節する機能を持っています。実際に遺伝子の発現を調節する時には、小分子RNAの前駆体にダイサーが結合し、小分子RNAが作り出されます。これまでは、小分子RNAが作られる際に、ダイサーがどのようにRNAと結合して複合体を作っているのかは直接明らかになっていませんでした。

 現在、人工的な小分子RNAを作り、特定の遺伝子情報の発現を抑えるRNA干渉技術が、新たな創薬として注目されています。研究グループの重松 秀樹 エール大学研究員(元生理学研究所)は、「RNA干渉技術など、小分子RNAを用いた創薬が注目を集めています。今回の技術を応用すれば、RNA創薬における効果的な分子設計に対する理解が深まるものと期待されます」と話しています。

今回の発見

1.自然科学研究機構 生理学研究所の永山國昭教授を中心に開発された位相差クライオ電子顕微鏡によって、細胞内の酵素タンパク質ダイサーと、RNAの結合の様子を高いコントラストで観察することに成功しました。

図1 位相差クライオ電子顕微鏡の仕組み

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特殊な染色をせず、ただ凍らしただけの標本を用いることで、タンパク質や微生物の本来の姿を観察することができます。位相差クライオ電子顕微鏡法では、電子の波が、透明なサンプルを通過するときに生じる目に見えない波の位相の変化を、位相板によって目に見える波の振幅の変化に変換することで、透明なサンプルを可視化することができます。

図2 位相差クライオ電子顕微鏡で観察したダイサー分子

sigematsu-2.jpg

通常の電子顕微鏡画像にくらべて、位相差クライオ電子顕微鏡では、より高いコントラストでダイサーのような小さな分子をよりくっきりと観察することができます。

図3 ダイサーと小分子RNAの結合の様子

sigematsu-3.jpg


今回の研究から明らかになったダイサーのタンパク質構造と小分子RNAとの結合の様子。(a) ダイサーのタンパク質構造。(b) ダイサーとsiRNA(small interfering RNA)と呼ばれる小分子RNA前駆体の結合の様子。(c) ダイサーとマイクロRNAと呼ばれる小分子RNA前駆体との結合の様子。この前駆体が分解されて小分子RNAが出来る。

この研究の社会的意義

小分子RNAを用いた創薬への貢献に期待
細胞内で遺伝子の発現を抑制させるRNA干渉技術など、小分子RNAを用いた創薬が注目を集めています。今回の技術によって、小分子RNAを細胞内で作り出すダイサーとRNAの結合様式が分かったことから、RNA創薬における効果的な分子設計に対する理解が深まるものと期待されます。

論文情報

Substrate-specific structural rearrangements of human Dicer
David W Taylor*, Enbo Ma*, Hideki Shigematsu*, Michael A Cianfrocco, Cameron L Noland, Kuniaki Nagayama, Eva Nogales, Jennifer A Doudna & Hong-Wei Wang
ネーチャー姉妹誌 Nature Structural and Molecular Biology 4月28日刊

お問い合わせ先

<研究に関すること>
重松秀樹 Hideki Shigematsu, Ph.D.
Associate Research Scientist
Department of Cellular & Molecular Physiology
Yale University School of Medicine (米国エール大学医学部所属、元生理学研究所)
e-mail : hideki.shigematsu@yale.edu (日本語可)
TEL:+1- (203)737-2808 FAX: +1-(203)785-4951

永山國昭 Kuniaki Nagayama, PhD
自然科学研究機構 生理学研究所・特任教授
E-mail:nagayama@nips.ac.jp
TEL/Fax:0564-59-5212

<広報に関すること>
自然科学研究機構生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7723 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp
 

科学者の「科学リテラシー」向上のススメ

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著: 小泉 周

JST 情報管理 56(1), 059-062, doi: 10.1241/johokanri.56.59 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.56.59)


私自身が子供のころ,漫画や子供向け科学雑誌の中には,「夢」があふれていた。ネコ型ロボット・ドラえもんは,“四次元”ポケットから未来の科学技術の結集である秘密道具を取り出し,のび太を救ってくれた。子供向け科学雑誌では,21世紀になると街の様子も一変,さまざまな科学技術で,市民の暮らしはより充実し,例えば,休日には月世界旅行を家族で楽しむなんてことまでも,現実のものとして語られていた。市民は科学技術の発展に(公害などの負の面もあったが),多くの期待をよせ,また,科学技術もその期待に応えていた。そういう科学技術と社会の間の相思相愛が,科学技術の発展の後ろ盾となっていた。

ところが,戦後,高度成長時代も終わり,バブルもはじけたころから,その関係もぎくしゃくしたものになってきた。科学技術の負の面が大きくクローズアップされるようになり,私が子供のころに描かれていた「科学技術によるバラ色の未来」は,1つずつ非現実的なものとなっていた。決定的なのは,3.11東日本大震災とそれに伴う原子力発電所の事故である。科学者と市民の感覚の大きなずれが浮き彫りになり,科学技術や科学者に対する信頼の危機に陥っている。科学者は,人それぞれ違うことを言い,どこに真実があるのかわからなくなった。しかも,科学者は時に嘘をいい,市民をまるめこもうとしてくる反社会的な存在となった。
そんな信頼の危機の中,科学者自身の意識も変わろうとしている。科学者も市民の一員であり,ただ研究室に閉じこもっているだけでなく,社会に目をむけ対話しなければならないことを少しずつ自覚している。内閣府からの通達もあり,科学者と市民との交流や対話は,ここ数年で大きく進んだ。実際,私の所属する自然科学研究機構の岡崎3研究所(生理学研究所,分子科学研究所,基礎生物学研究所)では,愛知県岡崎市教育委員会と連携して,市内の中学校全校(19校)で出前授業を行っている。こうした取り組みは,この5年以内で全国に急速に広がっている。

ただ,その一方で,市民との交流や対話をする中で,科学を“ちゃんと”市民に伝えることができるのか,そこに不安を感じる科学者も多い。また逆に市民からしてみても,普段はなかなか接することのない科学技術の言葉や考え方を,市民の立場から“ちゃんと”理解できるのか不安があり,科学技術と聞くだけで敬遠してしまい,食わず嫌いになっているところもあるのではないだろうか? 今回紹介する2冊の本は,市民の立場から,科学の目を養い,科学リテラシーを向上させることの意義と方法を説いているものだ。

市民の科学リテラシーの向上を目指して

市民目線で科学技術を考えるとき大切なことは,なにも「科学的知識」を知るだけが科学リテラシーの向上ではなく,「科学の考え方」そのものを同時に身に着ける必要があることだ。その際,まずは,ともかく「科学を疑うこと」。そう訴えるのは,各種メディアで科学コミュニケーターとして活躍されている内田麻理香さんの『科学との正しい付き合い方』。科学技術は絶対的な価値観ではなく,生活に密着した生活知でもあり,市民の目線で科学を疑うことから始めなければならないと説いている。

では,市民の立場で,科学的思考のプロセスをどのように身に着けていけばいいのか? 今回ご紹介する2つ目の本は,科学哲学者である戸田山和久さんの『「科学的思考」のレッスン-学校で教えてくれないサイエンス』。帯に「“科学アタマ”を速攻でつくる!」とあるように,科学者が科学を扱うときにどのように考えを積み上げていくのか,その科学的思考のプロセスも含めて,練習問題を解きながら,市民目線で体験し学んでいくスタイルが特徴的な本だ。

このように,この2冊の本は別々の立場から別々の視点で市民の科学リテラシーについて書かれているものだが,共通して,市民目線で「科学的知識」と「科学的思考」を学び,科学リテラシーを向上させなければならないと説いている。そして,その目的は,ただ,科学リテラシーを向上させるだけではなく,市民が科学リテラシーを十分に身に着けることで,それを武器にして,「科学をマニア(専門家)だけに任せてはならない」(内田麻理香さん),「そのリテラシーを使って,市民が科学・技術に関する社会的意思決定にちゃんと参画」しなければならない(戸田山和久さん),というように,市民のより積極的な科学技術の意思決定や未来像への参画と監視を訴えているのである。

科学者の“科学リテラシー”の問題?

私はこの2冊の本を読んでみて,別の視点から共通して感じたことがある。本の中では,市民の科学リテラシーをいかに向上させるか,その意義と方法が記されているのだが,むしろこの2冊の本が訴えたいことは,科学者自身も科学的思考などの“科学リテラシー”が欠如しており,そこが市民と科学者のぎくしゃくした関係の根本的な原因である,ということではないだろうか?
そう考えてみれば,この2冊の本に書かれていることは,科学者へのメッセージでもあると受け取ることができる。ここで,この2冊の本に書かれていた科学者にこそ知っておいてほしい科学リテラシーのポイントを2つ挙げてみたい。

ポイント1.理論/事実を二分法で考えてはいけない(『「科学的思考」のレッスン』より)

仮に,世に100%の真理や真実があるのであれば,人間の科学的営みは,その1つの側面を明らかにすることしかできない。理論をたて,仮説をつくり,その仮説を証明する実験や検証を行うことで,科学者は「事実」と呼ばれるものを積み上げていき,真理や真実に迫ろうとする。ただその事実も,実は真理や真実に一歩近づく努力でしかなく,100%ピュアな真理や真実を得ることは到底難しいことだ。つまり,科学者の得る事実の裏には必ず理論背景があり,理論と事実を分けて考えることはできない。それにも関わらず,科学者によっては,自分の理論や仮説に基づいた制約条件のもとで得た結果でしかない事実を,あたかも「100%真実・真理」であるかのごとく勘違いしていることがある。事実と思われるものも条件や環境,背景や文脈によってその意味や価値は変わり得る。そうした事実の“脆弱さ”は,科学の持つ不確実性を反映している。このことを勘違いし,科学者がある事実について「科学的に証明されている」とか「科学の裏付けがある」などと一方的に主張することは,結局は,市民の科学者への信頼を失う1つの要因になっているのではないだろうか?

ポイント2.科学を権威化・教条化してはならない(『科学との正しい付き合い方』より)

ポイント1にも通じるものがあるが,科学者が自分の得た事実をあたかも「真実・真理」と誤解したまま,科学の不確実性を忘れてその事実を伝えようとするとき,科学者は,科学をあたかも絶対真理のごとく「神聖不可侵」のものとして祭り上げてしまう。そして,例えば偉大な発見をした科学者はその道の絶対的な権威となり,その口から発せられた言葉は,すべて「真理・真実」であると勘違いされてしまう。たとえそれがその科学者の専門分野外のことで,ちんぷんかんぷんなことであろうといえどもだ。そうして権威化・教条化された科学は,特殊な科学者ソサエティーに属するマニア(専門家)だけの特別なものとなり,市民が科学に対して発言する機会を排除してしまう。
つまり,本来であれば科学技術はなにも特別のものではなく,生活知として市民の生活の中に入り込んでいるものであり,市民にとって身近なものであるはずなのだが,科学技術を社会から切り離して特別扱いしようとしているのは,むしろ科学者自身ではないだろうか? 権威化・教条化された科学は,悪用されれば,疑似科学の母体となる。つまり,そもそも疑似科学を生み出す温床は,こうした研究者ソサエティーの持つ排他的な性質とその閉鎖性ではないかとも考えられるのだ。

科学者による科学コミュニケーションのススメ

私自身は,科学技術振興機構に2012年4月より設置された科学コミュニケーションセンター(毛利衛センター長・北原和夫研究主監)のフェローとして,科学者と市民の間の意識のずれや課題について調査研究を行っている。この2冊の本を読んで,あらためて,市民と科学者の間のぎくしゃくした関係の背景には,市民の科学リテラシーの欠如だけでなく,科学者自身の“科学リテラシー”のなさも,大きく関わっているように思えてきた。科学者は,自ら作り出した“象牙の塔”から外に飛び出し,丁寧で慎重な科学的思考をもって市民と対話していく謙虚さを持たなければならないように感じられた。そういう意味で,この2冊の本は,科学者にこそぜひ読んでほしいと思えるものである。

 

 

 

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