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「"褒められる"と"上手"になる」ことを科学的に証明

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内容

自然科学研究機構生理学研究所の定藤 規弘 教授・菅原 翔 大学院生(総合研究大学院大学)、名古屋工業大学の田中 悟志 テニュア・トラック准教授の研究グループは、東京大学先端科学技術研究センターの渡邊克巳准教授と共同で、運動トレーニングを行った際に他人から褒められると、“上手”に運動技能を取得できることを科学的に証明しました。これまでの本研究グループの研究成果から、他人に褒められると金銭報酬を得たときと同じように脳の線条体が活発に働くことが分かっていました。今回の研究成果は、その脳の働きの結果として、運動技能の習得が、より“上手”に促されることを示したものと言えます。米国科学誌プロスワン(電子版、11月7日号)に掲載されます。

実験では、48人の成人にトレーニングを行い、ある連続的な指の動かし方(30秒間のうちにキーボードのキーをある順番に出来るだけ早く叩く)を覚えてもらいました。そして、この指運動トレーニングをしてもらった直後に、被験者を3つのグループにわけ、“褒められ”実験をしました。ある人は“自分が評価者から褒められる”グループ、別の人は“他人が評価者から褒められるのを見る”グループ、さらに別の人は“自分の成績だけをグラフで見る”グループの3つのグループです。すると、自分が評価者から褒められたグループは、次の日に覚えたことを思いだして再度指を動かしてもらうときに、他のグループに比べて、より“上手”に指運動が出来ることがわかりました。運動トレーニングの直後に褒められることが、その後の運動技能の習得を促したことがわかります。

定藤教授は「“褒められる”ということは、脳にとっては金銭的報酬にも匹敵する社会的報酬であると言えます。運動トレーニングをした後、この社会的報酬を得ることによって、運動技能の取得をより“上手”に促すことを科学的に証明できました。“褒めて伸ばす”という標語に科学的妥当性を提示するもので、教育やリハビリテーションにおいて、より簡便で効果的な“褒め”の方略につながる可能性があります」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

 

今回の発見

1.運動トレーニングのあと褒められることで、運動技能の取得が、より“上手”に促されることがわかりました。

図1 運動トレーニングを行ったあとの“褒められ”実験の方法

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今回の研究では、キーボードをある順番で連続的にたたく指運動トレーニングを行い、その後、被験者を図のような3つのグループにわけて“褒められ”実験を行いました。そして、翌日に、覚えたことを披露してもらうテスト(キーボードをある順番に30秒間に何回たたけるか)を行いました。

図2 自分が褒められると、運動技能の成績が上がる

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指運動トレーニングで覚えたことを翌日のテストで披露してもらうとき(キーボードをある順番に30秒間に何回たたけるか)、運動トレーニング直後に“自分が褒められた”グループでは、より“上手”に運動技能が取得・記憶出来ていることがわかりました。

この研究の社会的意義

教育やリハビリテーションにおける“褒めて伸ばす”の科学的裏付け

今回の研究成果より、教育やリハビリテーションの現場で、運動トレーニングによる運動技能の習得をより“上手”に促すためには、“褒める”ことが効果的であることがわかりました。“褒められる”ということは、脳にとっては金銭的報酬にも匹敵する社会的報酬であると言えます。運動トレーニングをした後、この社会的報酬を得ることによって、運動技能の記憶・取得をより“上手”に促すものと考えられます。

論文情報

Social rewards enhance the offline improvement in motor skill
Sho K. Sugawara, Satoshi Tanaka, Shuntaro Okazaki, Katsumi Watanabe, Norihiro Sadato
米国科学誌プロスワン(電子版 11月7日号)

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 心理生理学部門
教授 定藤 規弘(さだとう のりひろ)
TEL:0564-55-7842    FAX: 0564-55-7843
Email: sadato@nips.ac.jp

菅原 翔 大学院生
TEL:0564-55-7845    FAX: 0564-55-7843 
Email: sugashou@nips.ac.jp

国立大学法人 名古屋工業大学 若手研究イノベータ養成センター
テニュア・トラック准教授 田中 悟志
Tel:052-735-7150 Fax:052-735-7150 
Email:tanaka.satoshi@nitech.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

国立大学法人名古屋工業大学
企画広報課 犬飼 伸宏
TEL  052-735-5004 FAX  052-735-5009
e-mail inukai.nobuhiro@nitech.ac.jp
 





 


第24回 せいりけん市民講座 科学実験で体験!"しなやかな脳"の不思議~努力は脳にあらわれる~

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 ヒトは生まれてから体験や学習を通して成長していきます。最新の研究ではヒトの脳は成長過程の子どもだけではなく、大人になってからでも周囲の環境に合わせてしなやかに変化していくことが分かってきています。
 本人が自覚していなくても、脳は過去の出来事や周囲の環境をもとに判断し、未来の出来事を予知して、出来るだけ素早く正確に反応しようとします。
 錯視や錯聴は脳の「かんちがい」として紹介されることが多いですが、今回は脳の成長といった別の視点から解説します。
 

実験 みんなで手をつないで反応時間をみてみよう!

手から反対の手へ信号が伝わるのにどれくらい時間がかかるかを実験で体験してみよう。

※参加者全員にせいりけんオリジナル『3D画像』をプレゼントします。

講演者:岡本秀彦准教授(生理学研究所)

日時:2012年11月10日(土)午後1時30分~2時30分

場所:岡崎げんき館 3階講堂

定員:200人(入場自由・当日先着順)当日会場に直接おこしください。
   定員を超えた場合は入場をお断りすることがあります。

対象:小学生以上(小学生は、保護者のかたと一緒におこしください。)

お問い合わせ先:岡崎市保健所保健総務課企画班(岡崎げんき館2階) Tel: 0564-23-6807

"報酬"の量を予測し"やる気"につなげる脳の仕組みを発見

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内容

私たちの行動や運動における“やる気”は、予測されうる報酬の量により、強く影響を受けます。しかし、これまでの研究では、脳のどの部位が報酬の量を予測して、行動・運動に結びつけるのか、よく分かっていませんでした。自然科学研究機構生理学研究所の橘 吉寿(タチバナ・ヨシヒサ)助教は、米国NIH(国立衛生研究所)の彦坂 興秀(ヒコサカ・オキヒデ)博士と共同で、サルを用いた研究によって、大脳基底核の一部である腹側淡蒼球と呼ばれる部位が、この過程に強く関わることを明らかにしました。米国神経科学誌NEURON(11月21日号電子版)に掲載されます。

研究グループは、情動と運動を結びつける神経回路を持つとされる脳の大脳基底核の一部である腹側淡蒼球に注目。サルに、特定の合図のあと、モニター画面上である方向に目を動かすように覚えさせ、うまくできたらジュースをもらえるようにトレーニングし、そのときの腹側淡蒼球の神経活動を記録しました。腹側淡蒼球における神経細胞の多くが、合図をうけてからジュースをもらえるまで、持続的に活動し続けることを見つけました。予測される報酬(ジュースの量)が大きければ大きいほど、目を動かすスピード(運動)は速く、腹側淡蒼球の神経活動も大きくなりました。この神経細胞こそ、得られる“報酬”を予測して、“やる気”をコントロールする脳の仕組みの一部であると考えられます。

橘助教は「腹側淡蒼球を薬物で一時的に働かなくすると、行動の機敏さが(“やる気”の差を生み出す)報酬量の違いによって影響を受けなくなりました。これらの結果から、腹側淡蒼球が、“報酬”を予測し、“やる気”を制御する脳部位の一つであることが分かりました。これによって、報酬に基づく学習プロセスの理解が進むことが期待されます」と話しています。

今回の発見

1.報酬(ジュース)を得るために目を動かすトレーニングを施したサルでは、情動と運動を結びつける神経回路を持つとされる脳の大脳基底核・腹側淡蒼球において、予測される報酬量に応じて、神経細胞の活動が変わることがわかりました。
2.予測される報酬(ジュースの量)が大きければ大きいほど、行動(目の動き)は速く、腹側淡蒼球の神経活動も大きくなりました。
3.腹側淡蒼球を薬物で一時的に働かなくすると、行動の機敏さは(“やる気”の差を生み出す)報酬量の違いによって影響を受けなくなりました。

図1 大脳基底核・腹側淡蒼球から神経細胞の活動を記録

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研究グループは、情動と運動を結びつける神経回路を持つ大脳基底核・腹側淡蒼球に注目し、その神経細胞から記録を取りました。

図2 大脳基底核・腹側淡蒼球で、報酬の量を予測して活動しつづける神経細胞を発見

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大脳基底核・腹側淡蒼球の神経細胞の多くは、報酬の量を予測して、実際に運動をおこすまで活動し続けることがわかりました。また、予測される報酬の量が大きいほど、神経細胞の活動は高まりました。

 

図3 予測される“報酬”の量が大きいほど、運動(目の動き)も速くなる

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予測される報酬の量が多ければ多いほど、実際に報酬を得るための運動(この場合は目の動き)が速くなることがわかりました。また、大脳基底核・腹側淡蒼球の働きを薬物によって一時的に抑えると、予測される報酬量の違いによる運動の機敏さの違いが見られなくなりました。

この研究の社会的意義

“報酬”の予測と“やる気”をつなげる脳の仕組み
今回の研究から、大脳基底核・腹側淡蒼球は、報酬の量を予測して“やる気”につなげる神経回路の一部であることがわかりました。教育やリハビリテーションの場において、“やる気”が学習意欲やその習熟度を高めるといわれていますが、本研究により、その脳内神経基盤の理解が進むものと期待されます。

論文情報

The primate ventral pallidum encodes expected reward value and regulates motor action.
Yoshihisa Tachibana and Okihide Hikosaka
米国神経科学誌NEURON (11月21日号電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
橘 吉寿(タチバナ ヨシヒサ) 助教
Tel: 0564-55-7772、 FAX:  0564-55-7773 
E-mail: banao@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL  0564-55-7722、FAX  0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp
 

生理学研究所 次期所長内定について

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次期 生理学研究所所長が内定いたしました。任期は、平成25年4月1日~平成29年3月31日(4年)です。

詳細は、PDFをごらんください。

脳の中のグリア細胞の働きで、運動学習が加速することを発見 ―神経細胞とは異なるグリア細胞の活動を光で自在に操る技術を確立―

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内容

我々の脳は、神経細胞の間を信号が行き交う過程を通して、高次機能を生み出しています。しかし、脳の容積の大半は、実は神経細胞ではなく、別の種類の細胞(グリア細胞)で満たされています。過去1世紀にもわたって、このグリア細胞というものは脳の高次機能に関わるとは想定されておらず、ただ、神経細胞を囲い、栄養補給などのサポートをするに過ぎない存在だと考えられてきました。その一方で、脳疾患の中には、神経細胞の異常だけでは説明できないものも見つかってきています(以前のプレスリリースを参照 #1)。今回、自然科学研究機構生理学研究所の松井 広(マツイ・コウ)助教らの研究グループは、光によってグリア細胞のみの働きを活性化させること(光操作)に成功。小脳のグリア細胞を光で刺激すると、運動学習が進むことが分かりました。この研究を通して、グリア細胞は神経細胞と密接に連絡を取り合っており、グリア細胞の働きで脳の機能が左右されることが示されました。米国科学アカデミー紀要(PNAS、11月26日の週に発行)に掲載されます。

今回、研究グループは、遺伝子改変技術を使い(以前のプレスリリースを参照 #2)、脳のグリア細胞の働きを、光で自在に操ることができるマウスを作り出しました。電気で細胞を刺激するといった従来の手法では、神経細胞の働きとグリア細胞の働きを区別できていませんでした。今回の方法では、生きたままのマウスの脳の中に、光を照らすだけで、グリア細胞だけを選り分けて刺激することが可能になりました。このマウスを使って、脳の中の小脳という場所にあるグリア細胞を光によって刺激したところ、刺激に応じて、そのグリア細胞からグルタミン酸が放出されることが分かりました。グルタミン酸は、神経細胞同士の連絡にも使われる伝達物質ですが、神経細胞の場合は、神経と神経とをつなげているシナプスというごく狭い場所でグルタミン酸の放出が起こります。それに対し、グリア細胞からの放出の場合は、付近一帯にグルタミン酸が広がることで、その辺りの神経回路の状態を変化させると考えられました。実際、今回の実験では、グリア細胞から放出されたグルタミン酸が、近くの神経細胞に届くと、シナプスが変化して、以後、このシナプスでの信号の伝わり方が変化することが分かりました。

さらに、研究グループは、グリア細胞を刺激したときの運動学習への影響を調べました。眼の前で動くものを眼で追うといった精密な眼球運動は、最初はうまくできないのですが、長い間の訓練によってだんだんうまくできるようになります。こういった運動学習は、小脳の働きによるものであることは知られています。今回、小脳のグリア細胞の活動を光操作したところ、こういった運動学習がより速く進み、マウスは眼の前で動くものをより良く追うことができるようになりました。

松井助教は、「今回の我々の研究を通して、グリア細胞の活動が脳神経の活動に影響を与えることが明らかになりました。脳の大半の容積を占めながら、脳内情報処理において役割があるとは全く想定されていなかったグリア細胞に今後さらに注目が集まることは必至でしょう。今回の研究手法を用いて、脳の機能や心の働きにおけるグリア細胞の役割がさらに解明できれば、グリア細胞の活動を制御することで様々な脳や心の病に対処しようという医薬品の開発も視野に入る可能性があります」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

参照(以前のプレスリリース)
#1 統合失調症の認知障害の原因に新説: 脳の電気信号の伝わり方が遅いことで症状発現(2009年7月)
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2009/07/post-10.html

#2 生きたままマウスの体の中の特定の細胞を狙い、その活動を"光"で操作(光操作)することができる遺伝子改変マウスを開発(2012年7月)
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/07/post-219.html

今回の発見

1.遺伝子改変技術を使い、脳のグリア細胞の働きを、光で自在に操ることができるマウスを作り出しました。
2.グリア細胞から放出されたグルタミン酸が、近くの神経細胞に届くと、シナプスが変化して、以後、このシナプスでの信号の伝わり方が変化することがわかりました。
3.小脳のグリア細胞の活動を光操作したところ、眼の運動学習がより速く進み、マウスは眼の前で動くものをより良く追うことができるようになりました。

図1 小脳のグリア細胞を光で操作することに成功

 

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光を感じて興奮するチャネロドプシンを、グリア細胞だけに発現する遺伝子改変マウスを作成。光ファイバーを用いて、小脳に青色の光を照らし、グリア細胞を活性化させることに成功しました。活性化したグリア細胞からはグルタミン酸が放出され、近くの神経細胞の活動が高まりました。上図は、神経細胞が活動したときのマーカー(青)で小脳組織を染めたものであり、光を照らした辺りで神経活動が上がっていたことを示しています。

図2 グリア細胞の働きで、近くの神経細胞のつながり(シナプス)が変化し、運動学習が進むことを発見

 

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グリア細胞を光刺激すると、グリア細胞から伝達物質であるグルタミン酸が放出されることがわかりました(左図)。これによって、グリア細胞が囲んでいる神経のつながり(シナプス)が変化し、右図のように、神経から神経への信号の伝わりが弱められることが分かりました。さらに、研究グループはそのときの運動学習を調べました。目の前で動くものを目で追うという精密な運動学習は、小脳の働きによるものであり、小脳のシナプスでの信号の伝わりが弱くなることで、より良く追うことができるようになると考えられています。左右に振れるスクリーンを追跡する眼球運動の振幅を測ったところ、グリア細胞をたった一度刺激するだけで、追跡の振幅が(下図の青色波形から緑色波形へと)大きくなり、運動学習が素早く進むことが示されました。

この研究の社会的意義

1.今回の研究で、グリア細胞を光刺激することで、学習が加速することがわかりました。グリア細胞の活動を何らかの方法で操作することで、効率的に学習を進める方法や、効果的に脳機能を向上させる手法が開発されることが期待できます。
2.たとえば、心のもっとも重要な機能のひとつとして意識が挙げられますが、この意識は、麻酔薬によって一時的に失われることが知られています。しかし、その作用機構は実は良く分かっていません。近年、麻酔薬を投与することによって、グリア細胞の活動が強く抑制されることが示されました。我々の研究では、グリア細胞の活動は神経の活動へと伝わることを示しています。これをあわせて考えると、グリア細胞の活動こそが心の状態を作り出す根源になっている可能性があります。これも、これまでの脳科学の考え方に転換を迫るパラダイム・シフトと言えます。
3.心に占めるグリア細胞の役割が解明できれば、グリア細胞の活動を制御することで、様々な心の病に対処しようという動きも生じ、グリア細胞をターゲットにした医薬品の開発も視野に入る可能性があります。

論文情報

Application of an optogenetic byway for perturbing neuronal activity via glial photostimulation
Takuya Sasaki, Kaoru Beppu, Kenji F. Tanaka, Yugo Fukazawa, Ryuichi Shigemoto, and Ko Matsui
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) 11月26日の週に電子版掲載

お問い合わせ先

<研究に関すること>
松井 広 (マツイ コウ)
自然科学研究機構 生理学研究所 脳形態解析研究部門 助教
TEL 0564-59-5279、FAX 0564-59-5275
E-mail: matsui@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722、FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp


 

 



 

マウス一次体性感覚野における興奮―抑制バランスの破綻が慢性疼痛に関与する

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概要

慢性疼痛は中枢神経系における神経細胞の異常活動によって生じており、近年、脊髄のみならず、一次体性感覚野 (S1) を含む大脳皮質も慢性疼痛処理に関与することが分かってきました。これまでS1において興奮性神経細胞が過剰活動することで慢性疼痛行動が惹起されることがこれまでに明らかになっていました。しかし、S1興奮性神経細胞活動を制御する抑制性神経細胞の活動がどのように慢性疼痛に関与するかは不明でした。そこで、本研究では最先端の2光子顕微鏡をはじめ様々な手法を組み合わせてS1抑制性神経細胞の慢性疼痛における役割を検討しました。
麻酔下のマウス脳内のS1抑制性細胞活動を2光子顕微鏡で観察したところ、慢性疼痛群では正常群に比べてその活動が亢進していました。さらに、慢性疼痛群では抑制性細胞による興奮性活動抑制作用も正常群に比べて亢進していました。S1のGABA受容体機能を薬物投与で抑制すると、疼痛行動が亢進し、GABA受容体機能を亢進すると疼痛行動が減弱しました。このことから抑制性細胞による抑制力増大は疼痛行動を部分的に抑制するものの、完全に抑制するには不十分であることが示唆されました。そのメカニズムとして、GABAの抑制力を制御するクロライドに着目したところ、疼痛モデルにおいて、興奮性神経細胞のクロライド濃度が増加し、クロライド濃度を制御するトランスポーターKCC2の蛋白発現が低下していました。
これらの結果から、慢性疼痛時には、S1興奮性細胞のKCC2発現減少によりGABAの抑制力が減弱するため、抑制性細胞過剰活動によりGABA放出が増加するものの興奮性細胞の過剰活動を完全に抑制することができず、疼痛行動が惹起されることが明らかになった。これらの結果は大脳皮質一次体性感覚野に着目した新しい慢性疼痛治療法の確立の一助となることが期待されます。

 

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末梢の慢性炎症によって1)末梢神経からの過剰入力が大脳皮質一次体性感覚野(S1)の第4層(L4)神経細胞へと入力し、2)L4からの過剰な入力が第2/3層(L2/3)興奮性神経細胞および抑制性神経細胞に入る。その結果、3)抑制性神経細胞から興奮性神経細胞へのGABA放出が増大する。一方、4)興奮性神経細胞のクロライドトランスポーター蛋白発現量の減少により細胞内クロライド濃度が高まり、GABAの抑制力は減少する。そのため、5)興奮性細胞の過剰活動を完全に抑制することはできず、6)慢性疼痛行動が惹起される。

井本敬二 生理学研究所 次期所長 紹介

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内容

大学共同利用機関法人自然科学研究機構が設置する生理学研究所(愛知県岡崎市)の岡田泰伸 現所長が平成25年3月31日をもって任期満了となることに伴い、次期所長を下記のとおり内定しました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

井 本 敬 二 (いもと けいじ) 現・副所長
(任期:平成25年4月1日~平成29年3月31日(4年))

京都大学医学部出身。医師・医学博士。京都大学医学部助教授を経て、平成7年より生理学研究所・教授。平成23年より、生理学研究所・副所長。専門は、神経生理学。

 

ドイツ・チュービンゲン大学との学術研究協力に関する覚書締結

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内容

自然科学研究機構生理学研究所とドイツ国チュービンゲン大学・ウェルナーライハルト統合神経科学センターは、2012年11月30日に、学術研究協力に関する覚書を締結いたしました。
この覚書は、脳神経系の作動原理とその物質的基盤に関する研究交流の促進を目的とするもので、記憶や認知といった高次脳機能の作動原理をさぐる“システム神経科学”とよばれる脳神経科学分野の研究に関する共同研究の促進と、大学院生・若手研究者の受入れ交流に関するものです。
両研究所の第一回合同シンポジウムは既に本年2月25日(土)にチュービンゲン大学側から10名の参加者を招いて岡崎で行われていました。それに引き続き、今回第2回の合同シンポジウムをチュービンゲンで調印式前日の11月29日に開催しました。生理研側からは岡田所長以下12名が参加しました。今後とも若手の交流を促進し、共同でのグラント獲得も目指すなど、両研究所の緊密な協力関係を発展させていくことについての話し合いを行いました。

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調印式写真
右よりBernd Englerチュービンゲン大学学長、岡田泰伸生理学研究所所長、Peter Theirウェルナー・ライハルト統合神経科学センター長、伊佐正生理学研究所研究総主幹


2月の「せいりけん市民講座」ご案内「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか ―脳・神経の働きから病気まで―」

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内容

○タイトル
 「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか ―脳・神経の働きから病気まで―」
○主催・後援など
 自然科学研究機構 生理学研究所
 文部科学省新学術領域 包括型脳科学研究推進支援ネットワーク
名古屋市医師会後援
○場所 名古屋栄ガスホール
○日時 2月24日(日曜日) 13:00~16:35

詳細は、以下のホームページからチラシをご覧ください。
「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか ―脳・神経の働きから病気まで―」
http://www.nips.ac.jp/nipsquare/lecture/entry/2013/02/post-17.html
 

○講演トピックス紹介(小泉 周 生理学研究所・准教授):
「光で脳をウェイクアップ!―― 目の中の光を感じるタンパク質・メラノプシンを 用いた脳のオレキシン神経細胞への遺伝子導入で成功」
○講演トピックス概要:
目の中には光を感じる様々なタンパク質があり、明暗や色などをとらえています。その中でも、メラノプシンというタンパク質は、目の網膜の神経節細胞にある特殊なたんぱく質で、光の明暗を感じて、脳のリズム(サーカディアン・リズム)を生み出すもととなっています。自然科学研究機構生理学研究所の小泉周らの研究チームは、脳の中で睡眠―覚醒をつかさどるオレキシン神経細胞と呼ばれる神経細胞に、このメラノプシンを遺伝子導入し、青色光の照射で脳を直接覚醒させることに成功しました。本研究成果は、2013年発刊予定の日本神経科学会の学術誌(Neuroscience Research)特別号に掲載されます(電子版は公開済2012年7月)。また、2013年2月24日の市民講座「ヒトはなぜ眠るのか、どうして眠れないのか」で市民の皆さまにご紹介いたします。
 
 

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7722 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

Invitation to NIPS: NIPS Internship 2013 (approximately 2 weeks)

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National Institute for Physiological Sciences (NIPS) (Department of Physiological Sciences, School of Life Science, The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI) invites foreign students who wish to stay at NIPS for approximately 2 weeks (internship) in 2013. The aim of the internship is to provide students who are thinking of entrance to our PhD course program with an opportunity to experience our education system and research activity. We believe this opportunity will be very helpful to students in making a decision to enter our graduate university. We will support travel and stay expenses.

Please see HERE for more detail.

2013年度 第1回 生理学研究所 大学院説明会 (4/6) の参加登録開始

年頭のあいさつ(2013年

様々な分野や階層を超えた医学生理学・脳神経科学の一層の推進を自然科学研究機構 生理学研究所 

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1.    生理学研究所所長から新年のご挨拶 岡田泰伸okada.jpg

 新年あけましておめでとうございます。本年が、わが国のサイエンスとそれに携わる全国のすべての方々に、幸せな果実をもたらす年であることを祈念いたします。
 生理学研究所は「生体を対象に分子、細胞、器官、個体レベルの研究を推進し、究極において人体の機能を総合的に解明することを目標とする」ことを掲げ、開設来35年を迎えています。私は、2007年4月に6代目所長として着任し、本年3月末をもって退任することになっています。この間、生理学研究所のミッションを、①世界トップレベル研究推進、②共同利用研究推進、③若手研究者育成・発掘と情報発信の3点として明確化させ、そのためのインフラ整備、組織体制改編・構築、人員・財源確保に務めてまいりました。①については、生理学・脳科学分野における最先端研究において多くの優れた研究成果を生み出すことに尽きますが、そのためには人材と最先端研究装置・技術を備える必要があります。また、その結果生み出される“知と技の蓄積とトップクラスマンパワー”こそが②と③の実現の最大基盤であると考えます。②については、全国の研究者に、生理学研究所での共同利用実験や共同研究を大いにしていただき、そのことによって質の高い研究成果がもたらされることになれば、何より幸せに感じます。③については、未来のサイエンスを担うのは若者や子供達であり、特に学部をもたずに大学院教育を行う総合研究大学院大学の基盤機関として、“分野や学閾を超えて”未来に挑戦するような若者を対象にして大学院教育を行うと共に、広報・情報発信によって未来の若手研究者をめざす子供達の刺激と発掘にも力を注いでいきたいと思います。そして、②と③こそが、逆に①の実現を支えて押し上げる原動力を与えるものであると考えます。
 本年4月以降の井本 敬二 次期所長による新しい生理学研究所の運営にも、皆様方のご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます。

2.人の機能の総合的な理解を目指して ―
― 生理学研究所における医学生理学・脳神経科学研究および共同利用研究の推進とその展望

 生理学研究所では、ヒトの機能を総合的に理解することを究極的な目的とし、長期的な展望を3段階にまとめています。すなわち、人体の仕組みを脳機能中心に解明する段階、人体の脳と各機関・組織との相互作用を解明する段階、諸学を取り込んだ総合人間科学へ進む段階の3つです。現在は第一段階にあり、今後第二段階に進んで行かなくてはなりません。
  過去およそ20年間の分子生物学的手法の発展により、からだの仕組みを担う様々な分子の機能が明らかにされ、多くの成果があげられてきました。しかし分子の知識の単なる集積だけでは、生体あるいはヒトの理解には不十分であり、多数の要素から成り立つ複雑な系をどのように総合的に理解して行くかが大きな課題となっています。ヒトの機能の総合的な理解を目的として、現在、生理学研究所では次の様な研究に取り組んでいます。
  まず、脳の機能の理解には、分子(部品)の理解だけではなく、それらがどのように組み合わせられているか(配線図)が解明されなくてはなりません。1990年に開始されたヒト遺伝子をすべて解読するゲノムプロジェクトに倣い、脳の配線図をすべて明らかにしおうという“コネクトーム”研究が世界的にはじめられています。その潮流を先取りするため、生理学研究所では自動連続電子顕微鏡画像装置導入し、全国の研究者とともに脳の回路の網羅的研究に取りかかっています。

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3次元走査型電子顕微鏡で撮影された脳神経組織の立体像

  また脳の働きを解析するには、分子・細胞のレベルから個体のレベルまで、様々な測定技術を駆使する必要があります。なかでも点の情報ではなく領域の情報を得るイメージング技術は生体の機能を統合的に捉えることに適しており、多光子励起レーザー顕微鏡を用いたシナプスの長期的変化といった微視的な観察から、2台の磁気共鳴画像装置(dual fMRI)で同時計測した対人関係の関する脳活動の測定といった高次脳機能の観察にまで利用されています。これらのイメージング技術の時間的・空間的高解像度化は今後も重要な課題です。さらに画像として得られた多量のデータから脳で交わされている情報を読み出すためのデータ処理技術の開発も大きな課題となっています。

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Dual fMRI装置による見つめ合う二人の脳活動の同時記録のイメージ図


 生理学研究所は、世界最先端の研究を推進するとともに、大学共同利用機関として全国の研究者と共同研究を行い、わが国全体の科学水準のさらなるレベルアップに貢献していくことを目指しています。

3.霊長類を対象とする脳研究の新展開
 脳科学の目標のひとつはヒトの高次脳機能を理解し、精神・神経疾患の病態解明と治療戦略開発へとつなげることです。現在、ヒトの研究では、非侵襲的脳機能画像法の進展に目覚ましいものがあります。一方で、分子レベルの研究は、遺伝子操作が可能なマウスなどのモデル動物を用いて爆発的に発展しています。これらモデル動物の成果をヒトにつなげるには、人と同じ霊長類であるサルでの研究が重要となっています。これまでサルを用いた高次脳機能研究で日本は多くの世界的な研究成果を挙げてきましたが、それらは主に電気生理学によるもので、マウスの分子レベルの研究をヒトにつなげるには十分ではありませんでした。しかし、近年、生理学研究所では、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの支援を得て、世界に先駆けてサルにおいてウィルスベクターを用いた経路選択的・可逆的な機能遮断に成功し、行動の神経回路基盤を明らかしました。このように、サルが遺伝子操作の可能な動物になりつつあります。一方、私達は、2002年 ナショナルバイオリソースプロジェクトで「ニホンザル」を担当し、京都大学と連携して350頭もの研究用ニホンザルを飼育・繁殖し国内の30を超える大学等研究機関に提供し、脳研究を下支えしてきました。私達は、上記の実績を踏まえ、今後研究所近郊にサル施設を確保し、動物実験センターも改修して、脳研究に限らず、再生医学、臨床医学研究等でサルを必要としている多くの研究者に利用してもらえる共同利用を強化していきたいと考えています。

 

生理学研究所・総研大 2013年度 体験入学のご案内

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総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻では、大学院進学先を探していらっしゃる学部学生、大学院修士課程学生の皆さんに生理学研究所での大学院生活、研究生活がどのようなものか実地体験して頂くための「体験入学プログラム」を開講いたします。

詳細: http://www.nips.ac.jp/biophys/exp
期間: 2013年4月 – 2014年2月の間の1週間程度
場所: 生理学研究所 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
参加費:  無料(旅費・ロッジ宿泊費の一部補助有り。)
応募資格: 大学生・修士課程大学院学生
応募期間: 随時
応募方法: 上記ホームページからご応募下さい。

応募をいただきましたら、希望する研究室の担当教授にご紹介します。具体的な日程、期間、実習項目については担当教授とご相談頂くことになります。
ご都合、ご要望が受け入れ部門と合致しない場合にはお断りする場合もありますので予めご了解下さい。

<お問い合わせ先>
総合研究大学院大学 生命科学研究科 生理科学専攻
生理学研究所 神経機能素子研究部門
久保 義弘
TEL: 0564-55-7831
E-mail: ykubo@nips.ac.jp

 

生理学研究所・総研大 2013年度 体験入学の募集開始

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総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻では、大学院進学先を探していらっしゃる学部学生、大学院修士課程学生の皆さんに生理学研究所での大学院生活、研究生活がどのようなものか実地体験して頂くための「体験入学プログラム」を開講いたします。

詳細: http://www.nips.ac.jp/biophys/exp
期間: 2013年4月 – 2014年2月の間の1週間程度
場所: 生理学研究所 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
参加費:  無料(旅費・ロッジ宿泊費の一部補助有り。)
応募資格: 大学生・修士課程大学院学生
応募期間: 随時
応募方法: 上記ホームページからご応募下さい。

応募をいただきましたら、希望する研究室の担当教授にご紹介します。具体的な日程、期間、実習項目については担当教授とご相談頂くことになります。
ご都合、ご要望が受け入れ部門と合致しない場合にはお断りする場合もありますので予めご了解下さい。

<お問い合わせ先>
総合研究大学院大学 生命科学研究科 生理科学専攻
生理学研究所 神経機能素子研究部門
久保 義弘
TEL: 0564-55-7831
E-mail: ykubo@nips.ac.jp

 


パーキンソン病に対する脳深部刺激療法(DBS療法)の 作用メカニズムを解明 ―神経の「情報伝達を遮断」することで治療効果が生まれるという新しい説の提唱―

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内容

 パーキンソン病やジストニアといった運動障害の外科的治療の一つとして、脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation、DBS療法)があります(図1)。この方法は、脳の大脳基底核の淡蒼球内節と呼ばれる部分に慢性的に刺激電極を埋め込み、高頻度連続電気刺激を与えるというもので、これによって、運動障害の症状を改善することができます。しかし、これまで、この方法が、どのように症状を改善させるのか、その作用メカニズムは明確にはわかっていませんでした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の知見聡美助教と南部篤教授の研究チームは、正常な霊長類の淡蒼球内節に電気刺激を与えたときのその部位の神経活動を記録しました。その結果、DBS療法による電気刺激は、淡蒼球内節の神経活動をむしろ抑え、神経の「情報伝達を遮断」することにより効果が生まれることを明らかにしました。本研究成果は、米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)のオンライン版で公開されました(1月16日号)。なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また文部科学省科学研究費補助金などの助成を受けて行われました。

 研究チームは、正常な霊長類(サル)の淡蒼球内節に電気刺激を与え、同時に、その付近の神経活動を記録しました(図2)。淡蒼球内節にDBS療法のような100 Hz の高頻度連続電気刺激を与えた場合には、神経活動が高まるのではなく、むしろ淡蒼球内節の自発的な神経活動が完全に抑えられました(図3)。次に、記録する電極付近の淡蒼球内節に、抑制性の神経伝達物質であるGABAの作用を抑える薬を微量投与したところ、「DBS法による神経活動の抑制」が見られなくなりました。このことから、GABAの作用によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられていたことがわかります。通常は、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると、淡蒼球内節で反応が見られるのですが、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられると、このような反応も見られなくなりました(図4)。これは、DBS療法によって淡蒼球内節を経由する「情報伝達の遮断」が起きるからであると考えられました(図5)。

 これまでDBS療法の治療メカニズムとして、局所の神経細胞を刺激しているのか、抑制しているのかで、論争されてきました。今回の実験結果から、DBS療法は、淡蒼球内節の神経活動そのものを刺激するのではなく、淡蒼球内節に来ている他の神経細胞からのGABAの放出を促して、淡蒼球内節の神経活動をむしろ抑制することで、淡蒼球内節を経由する「情報伝達の遮断」が起きることによって効果が生まれていることを明らかにしました(図6)。

 南部教授は、「これまでの論争に決着をつけただけでなく、DBS療法は淡蒼球内節を経由する情報伝達を “遮断”することで治療効果を示すという新しいメカニズムを提唱することができました。そうであれば、例えば淡蒼球内節の神経活動を抑制するのに必要最小限の電気刺激を与えたりするなど、より効果的な刺激方法の開発につなげることが出来ると考えられます」と話しています。

今回の発見

1.パーキンソン病やジストニアといった運動障害の治療法である脳深部刺激療法(DBS、図1)の作用メカニズムを明らかにするため、正常な霊長類(サル)の淡蒼球内節に電気刺激を与え、同時に、その付近の神経活動を記録しました(図2)。
2.100 Hz の高頻度連続電気刺激を与えた場合には、神経活動が高まるのではなく、むしろ電気刺激付近の淡蒼球内節の自発的な神経活動が完全に“遮断”されました(図3)
3.淡蒼球内節に、抑制性の神経伝達物質であるGABAの作用を抑える薬を微量投与したところ、「DBS法による神経活動の遮断」が見られなくなりました。このことから、DBS法による高頻度電気刺激は、淡蒼球内節へ情報を送るGABA作動性神経の軸索末端(線条体あるいは淡蒼球外節からの神経と考えられる)を刺激することによって、GABAの放出を促し、淡蒼球内節の神経活動を遮断することで効果を表すと考えられました。
4.通常は、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると、淡蒼球内節で反応が見られるのですが、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられると、このような反応も見られなくなりました。

図1 パーキンソン病ってどんな病気?どんな治療が行われているの?

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脳の大脳基底核のうち黒質と呼ばれる部分にあるドーパミンを作る神経細胞が減ることにより、筋肉がこわばり手足が動かしづらくなったり、手足が震えてしまうなどの症状をきたす神経難病です。人口1000人あたり約1人の患者さんがいると考えられています。現在のところ、ドーパミン神経細胞が減る原因はわかっていません。
 減ったドーパミンを薬によって補充するのが治療法としては第一で、ドーパミン受容体刺激薬やLド―パといった薬が処方されます。しかし病気が進行して薬によるコントロールがうまく行かなくなった場合、手術によって脳深部の大脳基底核に刺激電極を埋め、心臓のペースメーカーに似た装置で電気刺激を加える脳深部刺激療法(DBS)が行われます。
 また、逆に手足、首などの筋肉が持続的に収縮して、ねじれるような運動を示す神経難病にジストニアがあります。原因も不明のことが多く、なぜこのような症状を示すのかのメカニズムも良くわかっていません。治療法としては、飲み薬があまり効かず、筋肉にボツリヌス毒素を注射して緊張を取ったり、あるいは全身性の場合はDBSが用いられます。
(せいりけんニュース 第25号より引用改変)

図2 今回の研究の方法を示した模式図

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正常な霊長類(サル)の淡蒼球内節(GPi)に電気刺激を与え、同時にその付近の神経活動を記録しました。記録電極には薬物を局所投与するためのガラス管を貼りつけ、刺激に対する薬物(具体的には、抑制性神経伝達物質であるGABAの作用を抑える薬)の効果についても調べました。

図3 淡蒼球内節をDBS療法と同様に高頻度電気刺激するとその神経活動が抑えられました

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淡蒼球内節をDBS療法と同じように高頻度電気刺激したところ、その神経活動が完全に抑えられました。
矢印の時点で刺激しています。1は神経活動記録の生波形、2はそこから興奮のみを取り出して表示したものです。小さな点の一つ一つが神経細胞の興奮を示しています。興奮の数を加算したヒストグラムを下に示しています。

図4 高頻度電気刺激中にたとえ大脳皮質を刺激しても淡蒼球内節は反応しなくなりました

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通常は、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると、淡蒼球内節(GPi)で反応が見られるのですが(図左上)、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられると、このような反応も見られなくなりました(図左下)。この実験で、刺激した部位、記録した部位を大脳基底核の神経回路の中に示しています(右図)。

図5 今回明らかになったDBS療法の作用メカニズムを示した模式図

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実は、淡蒼球内節は、大脳基底核の他のメンバーである線条体と淡蒼球外節から抑制性の入力を、視床下核からは興奮性の入力を受けていることがわかっています。DBS療法により淡蒼球内節の神経細胞が抑制されることから、淡蒼球内節へ抑制性の情報を送るGABA作動性神経の軸索末端(線条体あるいは淡蒼球外節からの神経と考えられる)が、主に刺激され、GABAの放出を促し、淡蒼球内節の神経活動を遮断することによって効果を表すと考えられます。

この研究の社会的意義

DBS療法の作用メカニズムが「淡蒼球内節を介した情報伝達の遮断」とする新たな説を提唱
これまで脳深部刺激療法(DBS)の作用メカニズムとしては、(a)局所の神経活動を抑制する、(b)局所の神経活動を興奮させる、(c)神経活動の発火パターンを正常化させる、などの説が提唱されてきました。しかしながら、今回の研究では、「淡蒼球内節を介した情報伝達の遮断」がDBS療法の作用の鍵である、という新しいメカニズムを提案しています。
そうであれば、例えば淡蒼球内節の神経活動を抑制するのに必要最小限の電気刺激を与えたりするなど、より効果的な刺激方法の開発につなげることが出来ると考えられます。今後、さらに、この治療戦略にそった薬物治療など、新しい治療法の開発につながるものと期待されます。

図6 DBS療法の作用メカニズム(模式図)

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DBS療法は、GABAの放出を促し、淡蒼球内節の神経活動を抑えることで、異常電気信号の“情報の流れ”を遮断するという新しい説を提唱。これによって、パーキンソン病やジストニアの症状が改善します。(画:理系漫画家はやのん)

論文情報

High-frequency pallidal stimulation disrupts information flow through the pallidum by GABAergic inhibition
Satomi Chiken, Atsushi Nambu
米国神経科学会雑誌ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)
オンライン速報版 1月16日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム研究部門
助教 知見 聡美(ちけん さとみ)
教授 南部 篤(なんぶ あつし)
Tel:0564-55-7771 FAX:0564-55-7773 
E-mail: nambu@nips.ac.jp(南部教授)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
准教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel:0564-55-7722 Fax:0564-55-7721 
Email:pub-adm@nips.ac.jp

文部科学省脳科学研究戦略プログラム事務局
大塩 立華(おおしお りつ)
Tel: 0564-55-7803  Fax:0564-55-7805
Email:srpbs@nips.ac.jp

新世界ザルの目の中にモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞を発見 ―霊長類網膜短期培養保存法の確立および遺伝子導入で-

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内容

 自然科学研究機構生理学研究所の小泉 周(コイズミ・アマネ)准教授ならびに森藤 暁(モリトウ・サトル)博士(現・東北大学医学部)と小松 勇介(コマツ・ユウスケ)特任助教(基礎生物学研究所・モデル生物研究センター・マーモセット研究施設・研究員)の共同研究グループは、新世界ザル(マーモセット)と呼ばれるサルの目の中の神経組織である網膜には、様々な形の視神経細胞(網膜神経節細胞)があり、中でも、形態学的にモーション・ディテクターの特徴を全てもつ視神経細胞を見つけだしました。こうしたモーション・ディテクターと考えられる細胞が、霊長類網膜で発見されたのははじめて。米国科学誌プロス・ワン(PLoS One、1月15日電子版)に掲載されます。

研究グループは、世界に先駆けて、新世界ザルの網膜を、まるごと取り出し、短期培養保存する方法の確立に成功。保存した網膜への緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子導入によって、古くから知られている視神経細胞以外にも、多様な形態学的特徴をもった視神経細胞が種々あることを発見しました。中でも、ウサギやネズミといった下等な哺乳類網膜で発見されているものと同様の形態学的な特徴を全てもったモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞(方向選択性網膜神経節細胞)を見つけだしました。

小泉准教授は、「これまで人を含む霊長類網膜はデジカメのように比較的単純なものではないかと考えられていたため、モーション・ディテクターのような特殊な機能や特徴をもつ視神経細胞は見つかっていませんでした。今回、霊長類の一種である新世界ザル網膜の周辺部位でこの細胞が見つかったことから、霊長類でも周辺視野で主として働いているのではないかと考えられます。今後、この細胞が、動きや方向をどの程度検知できるか、機能的に確認することが必要です」と話しています。

なお、新世界ザル(マーモセット)網膜の提供は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの支援を受けました。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

 

今回の発見

1.新世界ザル(マーモセット)の網膜の短期培養保存法を確立し、緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子導入に成功しました。
2.1によって、古くから知られている視神経細胞以外にも、多様な形態学的特徴をもった視神経細胞が種々あることを発見しました。
3.特に、ウサギやネズミといった下等な哺乳類網膜で発見されているものと同様の形態学的な特徴を全てもったモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞(方向選択性網膜神経節細胞)を見つけだしました。

図1 新世界ザル(マーモセット)網膜の短期培養保存法の確立

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霊長類の一種である新世界ザル(マーモセット)の網膜をまるごと取り出し、短期培養保存する方法を確立しました。写真のような培養装置に、取りだした網膜をおき(写真中央 矢印)、2-3日間CO2インキュベーターの中で培養することができました。また、この網膜に対して、遺伝子銃を用いて、緑色蛍光タンパク質(GFP)を遺伝子導入することにも成功しました。

図2 モーション・ディテクターの形態学的な特徴を全てもつ視神経細胞の発見

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GFPによって緑色に染まった視神経細胞(網膜神経節細胞)の中から、ウサギやネズミといった下等な哺乳類網膜で発見されているものと同様の形態学的な特徴を全てもったモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞(方向選択性網膜神経節細胞)を見つけだしました。上図のように細胞の突起(樹状突起)が二層に重なり(断面模式図)、ハチの巣状に四方に広がっているのが形態学的特徴の一つです。Sが今回発見した細胞の細胞体。細胞体を中心に四方に樹状突起が広がっています。*は、GFPで染まった他の細胞。

この研究の社会的意義

霊長類網膜の短期培養保存法の確立
人を含む霊長類の網膜は、多くの細胞が密接に絡み合い様々な視覚情報処理を行っている複雑な神経組織です。これまでに小泉らの研究グループは、ウサギやネズミといった下等な哺乳類の網膜をまるごと取り出し培養する方法を確立していました。今回、これまでの方法を応用することで、霊長類網膜の短期培養保存法の確立に成功しました。取り出した網膜は、2-3日後でも、光にちゃんと応答することも確認しました。これまで網膜移植が実現できていない理由の一つは、網膜を取りだした後に、短期保存する方法がなかったためです。今回確立した方法は、その一つの解決策になるものと期待できます。

論文情報

Diversity of Retinal Ganglion Cells Identified by Transient GFP Transfection in Organotypic Tissue Culture of Adult Marmoset Monkey Retina
Satoru Moritoh, Yusuke Komatsu, Tetsuo Yamamori, Amane Koizumi
米国科学誌プロス・ワン(PLoS One、1月15日電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
(同上)

自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628 FAX: 0564-55-7597
E-mail: press@nibb.ac.jp


 

5年一貫制大学院入試における英語の評価についての重要なお知らせ

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(2013年8月および2014年1月実施大学院入試)

総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻5年一貫制大学院入試では、TOEIC公開テスト、又はTOEIC Institutional Program (IP)テストの成績で英語の評価を行います。本専攻を受験希望の方は下記の点を留意して受験準備くださいますようお願いいたします。なお入学試験当日に英語の筆記試験は行いませんのでご注意ください。

対象となるTOEICテスト

選抜試験実施日からさかのぼり2年以内に受験したTOEIC公開テスト、又はTOEIC Institutional Program(IPテスト)の試験の成績を採用します。

スコアシートの提出

公開テストのOfficial Score Certificate(公式認定証)、又はIPテストのScore Reportのスコアシートのオリジナルを選抜試験当日に必ず持参して下さい。有効期限内のスコアシートを複数有する場合は、点数の高いものを一つだけ提出してください。持参できない場合、入試を受験できませんので十分ご注意下さい。

諸注意

TOEICテストは実施日・実施会場が限られています。申し込みからテスト結果を受け取るまで約2〜3ヶ月かかりますので、5年一貫制大学院受験を検討されている方は早めに受験しておくようにしてください。 TOEICテストの実施日・実施会場は以下のTOEIC公式サイトを参照してください。

問い合わせ先

生理学研究所 分子生理研究系 神経機能素子研究部門
久保 義弘(TEL: 0564-55-7831) e-mail:ykubo@nips.ac.jp

抗酸化物質グルタチオンが細胞から放出される「通り道」を発見

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 内容

  グルタチオンは、アミノ酸3つからなる抗酸化物質で、体の中で活性酸素から細胞を守る働きをしている物質です。グルタチオンは、細胞内で絶えず作られ、細胞外に放出されています。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡田泰伸所長らの研究グループは、ウズベキスタン科学アカデミー生物有機化学研究所とウズベキスタン国立大学のR.Z. サビロブ教授との国際共同研究によって、ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球からのグルタチオン放出は、VSORチャネル(ブイサーチャネル:容積感受性外向整流性アニオンチャネル)を主たる「通り道」にして放出されることをつきとめました。活性酸素から細胞を守り、細胞の傷害防止、老化防止、ガン化抑止につながる研究成果です。米国科学誌プロスワン(PLoS ONE、2013年1月30日電子版)に掲載されます。

研究グループは、ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球からグルタチオンが放出されるメカニズムに注目。細胞周囲の溶液を薄めて細胞を刺激(低浸透圧刺激)したところ、細胞が膨張し、グルタチオン放出が著しく増えることをつきとめました。ふだんは、1秒あたり8000分子(1細胞から)を放出するのですが、およそ2倍近くに細胞膨張したときには放出量は61000分子にも上昇することが判明しました。この際、グルタチオンの細胞内から外へと放出される主たる「通り道」となるのは、VSORチャネル(容積感受性外向整流性アニオンチャネル)であることを、生物物理学的・薬理学的・電気生理学的研究によって、世界で初めて明らかにしました。

グルタチオンは、自らのチオール基(SH基)を用いて、活性酸素種や過酸化物を還元して消去するという抗酸化作用を示したり、様々な毒物や薬物のシステイン残基のチオール基にS-S結合(グルタチオン抱合)することによって解毒作用を示し、これによって、細胞の傷害死やがん化や老化を防御する役割を果たしています。岡田泰伸所長は、「VSORチャネルの開閉を薬によってコントロールすることによって、細胞内でのみ生成されるグルタチオンの細胞外放出を制御し、細胞の傷害防止、老化防止、ガン化抑止をする道が、今後の研究によってひらかれる可能性があります」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見

1.ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球周囲の溶液を薄めて細胞を刺激したところ(低浸透圧刺激)、細胞が膨張し、グルタチオン放出が著しく増えることをつきとめました。
2.この際、グルタチオンの細胞内から外へと放出される主たる「通り道」となるのは、VSORチャネル(容積感受性外向整流性アニオンチャネル)であることを、生物物理学的・薬理学的・電気生理学的研究によって、世界で初めて明らかにしました。

図1 低浸透圧刺激によって、グルタチオン放出が亢進

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ラット胸腺の免疫細胞である胸腺リンパ球の細胞周囲の溶液を薄めて刺激したところ(低浸透圧刺激)、細胞が膨張し、グルタチオン放出が著しく増えました。ふだんは、1秒あたり8000分子(1細胞から)を放出するのですが、およそ2倍近くに細胞膨張したときには放出量は61000分子にも上昇することが判明しました。

図2 グルタチオン放出は、VSORチャネルを閉じると著しく減少

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低浸透圧刺激をうけたときのグルタチオン放出は、VSORチャネルを閉じる薬剤(フロレチンやDCPIB)を投与すると、半減しました。このことから、グルタチオンの放出の主たる「通り道」がVSORチャネルであると考えられます。その他、グルタチオンを細胞内外で輸送する輸送体となるタンパク質の働きを止める薬剤(PAH)の投与ではあまり影響がありませんでした。

また、VSORチャネルを実際に、グルタチオンが一価アニオン(陰イオン)として通って電流を発生することを証明しました。

図3 VSORチャネルは、グルタチオンの主たる「通り道」

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これまでは、主として細胞膜上の輸送体と呼ばれるタンパク質が、細胞内外でグルタチオンを輸送していると考えられていました。今回、研究グループは、低浸透圧刺激をうけたときには、VSORチャネルがグルタチオンを放出させる主たる「通り道」となることを明らかにしました。

この研究の社会的意義

VSORチャネルを介したグルタチオンの放出で抗酸化作用を高める効果
グルタチオンは、自らのチオール基(SH基)を用いて、活性酸素種や過酸化物を還元して消去するという抗酸化作用を示したり、様々な毒物や薬物のシステイン残基のチオール基にS-S結合(グルタチオン抱合)することによって解毒作用を示し、これによって細胞の傷害死やがん化や老化を防御する役割を果たしています。VSORチャネルを制御することによって、細胞内でのみ生成されるグルタチオンの細胞外放出をコントロールすることができれば、細胞の傷害防止、老化防止、ガン化抑止へつながる道が、今後の研究によってひらかれる可能性があります。
また、脳では神経細胞よりもアストロサイトと呼ばれるグリア細胞の方がより多くのグルタチオンを含有しており、脳虚血や脳浮腫や脳過興奮毒性(グルタミン酸毒性)時においては、アストロサイトが細胞膨張を示し、グルタチオンを放出して、神経細胞に保護的に働く可能性があります。これも、VSORチャネルを制御することによって、これらの脳の病態時における神経細胞死を防御・救済する道が、今後の研究によってひらかれる可能性があります。

論文情報

Volume-Sensitive Anion Channels Mediate Osmosensitive Glutathione Release From Rat Thymocytes
Ravshan Z. Sabirov, Ranokon S. Kurbannazarova, Nazira R. Melanova, Yasunobu Okada
米国科学誌プロスワン(PLoS One、2013年1月30日電子版)

お問い合わせ先

<研究に関すること>
岡田 泰伸 (オカダ ヤスノブ)
自然科学研究機構 生理学研究所 所長
TEL 0564-59-5881 FAX 0564-59-5883 
email: okada@nips.ac.jp

<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722 FAX 0564-55-7721 
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp
 

細胞は膨張時に抗酸化生体分子グルタチオンをアニオンチャネルを通って放出する

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概要

 1価の陰電荷を持つ(アニオンの)トリペプチドであるグルタチオン(GSH)は、生体内で産生される最強の抗酸化作用生体分子です。グルタチオンは細胞内で産生されて、細胞外にたえず放出され、細胞表面の酵素で分解されている。この細胞外放出は種々の刺激で亢進するが、その放出メカニズムには不明の点が多かった。
 今回、ラット胸腺から単離したリンパ球からのグルタチオン放出は、低浸透圧刺激による細胞膨張時に著しく亢進することを見出した。一つの胸腺リンパ球からの放出率は、ふだんは8000分子/秒であるが、およそ1/2の浸透圧の溶液中では61000分子/秒にも上昇することが判明した。
 その低浸透圧性放出の温度感受性は低く、活性化エネルギーは約5 kcal/molであることから、このグルタチオン放出輸送は主として(チャネルなどを介する)拡散性メカニズムで行われていることが示唆された。また、この放出は容積感受性外向整流性(VSOR)アニオンチャネルのブロッカーで最もよく抑制された。事実、パッチクランプ法によってVSORアニオンチャネル電流を測定したところ、グルタチオンを実際に伝導していることが明らかとなった。このチャネルのグルタチオン外向と内向の透過性と塩素イオン(Cl−)透過性の比はそれぞれ約0.10と0.32であった。グルタチオンの半径は約0.55 nmでCl−の半径が約0.18 nmであり、それゆえ体積はCl−より27倍も大きいにもかかわらず、グルタチオンの透過性がCl−のそれの10~32%にものぼることは、VSORチャネルのグルタチオン透過が非常に効率よく行われていることがわかる。更には、VSORチャネルのポア入口の半径は0.62 nmであり(Ternovsky, Okada & Sabirov 2004 FEBS Lett)、グルタチオンが通るのにちょうどよい大きさであることも注目される。
 この低浸透圧性グルタチオン放出は、これまで放出路候補とされてきたABCC/MRPという薬剤排出ポンプ(トランスポータ)のブロッカーでは影響を受けなかった。一方、有機アニオン・トランスポータSLC22A/OATのブロッカーではやや抑制されたが、VSORチャネル・ブロッカーの効果よりは弱く、それらの効果は相加的であった。もう一つ別の有機アニオン・トランスポータSLCO/OATPの基質は、弱いがtrans-stimulationを示すことが明らかとなった。それゆえに、浸透圧性膨張時の胸腺リンパ球からのグルタチオンの放出は、図に示すように、主としてVSORアニオンチャネルのポアを介して行われ、これにOATPやOATのような有機アニオン・トランスポータの働きが弱いが協力していることを、世界で初めて明らかにした。

 本研究成果は、ウズベキスタン科学アカデミー生物有機化学研究所とウズベキスタン国立大学のR.Z. サビロブ教授と、自然科学研究機構生理学研究所の岡田泰伸所長との、(学術交流協定に基づく)国際的共同研究によるものです。

論文情報

Sabirov R.Z., Kurbannazarova R.S., Melanova N.R. and Okada Y. (2013) Volume-Sensitive Anion Channels Mediate Osmosensitive Glutathione Release From Rat Thymocytes. PLOS ONE (2013年1月30日電子版)

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