概要
血糖値をコントロールするためには、運動、そして食事が大事であり、膵臓のβ細胞から血中に分泌されるインスリンが、その調節に重要であることは良く知られています。しかし、近年、血糖の利用を調節する器官として、脳、とりわけ視床下部が、重要であることが明らかとなってきました。例えば、脂肪萎縮症(脂肪組織が先天的、後天的に萎縮する)の患者は、重度の糖尿病を発症し、インスリンもほとんど効果が無い場合があります。しかし、脂肪細胞から産生され、血液を介して脳に作用するタンパク質ホルモン、レプチンを投与すると、糖尿病が著しく改善します。現在では、レプチンは、脂肪萎縮症における糖尿病治療薬として臨床で用いられています。しかし、レプチンが、脳に作用し、どのようにして脂肪萎縮症の糖尿病を改善するかは、ほとんど解明されていません。骨格筋は、人において、血糖を利用する最も重要な臓器です。生殖・内分泌系発達機構研究部門箕越教授のグループは、レプチンが発見される以前から、視床下部が、骨格筋での糖の利用を調節することを明らかにして来ました。また、レプチンが発見された以後は、レプチン及び視床下部に存在する神経ペプチドが、視床下部による血糖調節機構を活性化、骨格筋での糖利用を促進し、糖尿病の防止に寄与することを報告しました(Diabetes 1999; Diabetes 1999; Nature 2002; Cell Metabolism 2009; Diabetes 2009)。
今回、同部門の戸田研究員(NIPS リサーチフェロー)は、骨格筋と肝臓での糖代謝を調節する視床下部におけるレプチンの作用機構を明らかにしました。レプチンは、視床下部の中でも、特に視床下部腹内側核(VMH)ニューロンに作用を及ぼし、タンパク質であるSTAT3とERK1/2を活性化します。戸田研究員は、無麻酔、非拘束下のマウスにおいて、レプチンによる糖代謝調節機構を、Hyperinsulinemic-Euglycemic clamp法という解析技術を用いて調べました。その結果、全身に投与したレプチンは、VMHニューロンに直接作用してERK1/2とSTAT3を活性化し、これらのタンパク質がそれぞれ、骨格筋と肝臓におけるインスリンによる糖代謝調節作用(インスリン感受性)を高めることを見出しました。レプチンは、ERK1/2やSTAT3を介してVMHにおけるシナプス可塑性を変化させることにより、骨格筋と肝臓での糖代謝を制御すると考えられます。
本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
図 レプチンによる視床下部を介した糖代謝調節作用
レプチンは、視床下部腹内側核(VMH)ニューロンに直接作用を及ぼしてタンパク質STAT3とERK1/2を活性化し、これらのタンパク質がそれぞれ、骨格筋と肝臓におけるインスリンによる糖代謝調節作用(インスリン感受性)を高める。レプチンは、VMHニューロンを介して弓状核POMCニューロンを活性化すると同時に、POMCニューロンとメラノコルチン受容体(MCR)との間のシナプス可塑性を変化させる。ERK1/2は、POMCニューロンとメラノコルチン受容体(MCR)との間のシナプス可塑性に調節作用を及ぼすと考えられる。
研究の社会的意義
日本では、糖尿病で無くなる人は年間1万4千人、「糖尿病が強く疑われる人」と「糖尿病の可能性のある人」を合わせると2210万人いると言われています(平成19年国民健康・栄養調査)。視床下部を介する血糖調節機構は、良く知られているインスリンによる血糖調節機構と全く異なる分子機構に基づいています。その詳しい分子メカニズムが分かれば、新たな治療薬の開発につながると考えられています。
論文情報
Extracellular Signal-Regulated Kinase in the Ventromedial Hypothalamus Mediates Leptin-Induced Glucose Uptake in Red-Type Skeletal Muscle.
Toda C, Shiuchi T, Kageyama H, Okamoto S, Coutinho EA, Sato T, Okamatsu-Ogura Y, Yokota S, Takagi K, Tang L, Saito K, Shioda S, Minokoshi Y.
Diabetes 2013, doi: 10.2337/db12-1629
下記ホームページで公開中
(http://diabetes.diabetesjournals.org/content/early/2013/03/22/db12-1629.long)
本研究は、昭和大学、北海道大学、桐生大学との共同研究によるものです。