内容
突発性難聴は急激に聴力が低下する原因不明の疾患で、日本における受療率は年間1万人当たり約3人で増大傾向が認められます。突発性難聴に対してどの治療法が有効かは判明しておらず、現在主流であるステロイド療法の有効性に関してさえ論争中です。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡本秀彦特任准教授、柿木隆介教授と他の研究グループは共同で、突発性難聴を発症した患者さんに、聞こえが悪くなった耳を積極的に活用してもらうリハビリテーション療法で、聴力がより回復することを明らかにしました。 突発性難聴が起こると病側の耳が聞こえにくくなる為、使われなくなってしまいます。ヒトの体の機能は使用されないと衰えてしまうため、本研究では聞こえにくい耳を保護するのではなく、むしろ積極的に使用し耳や脳の神経活動を活性化させることで聞こえを回復させました。安価で安全な突発性難聴治療方法として注目されます。本研究成果はサイエンティフィック・リポーツ誌(Scientific Reports)に掲載されます(1月29日にオンライン出版)。 |
研究グループは、ヒトの脳活動を脳磁計という機械で測定し、病気やリハビリテーションなどにより脳活動がどう変化するかを研究してきました。本研究では、突発性難聴患者に対して新しいリハビリテーション療法を行いその有効性を確かめました。突発性難聴になると片耳が聞こえにくくなるため、正常な耳ばかりを使い難聴の耳は使わなくなってしまいます。そうすると、難聴の耳から入力を受けている脳の部位も活動を低下させてしまいます。脳は使われないとその機能がどんどん衰えます。そこで、本研究では突発性難聴患者の正常な耳を耳栓で塞ぎ聞こえにくくしたうえで、難聴になった耳には音楽をたくさん聞かせることで、難聴の耳とそれに対応する脳部位の神経活動の活性化を試みました(病側耳集中音響療法)。その結果、通常のステロイド療法に加え病側耳集中音響療法を行った22名の突発性難聴患者の聴力は、ステロイド単独療法の31名の患者に比べて良く回復しました(図2)。また生体磁気計測装置MEG(magnetoencephalography)を使い、病側耳集中音響療法を受けたうち6名の脳の反応を記録しました。片方の耳に音を聞かせると通常反対側の脳活動の方が大きいのですが、入院時はこのような脳活動の左右差がありませんでした。しかしながら、病側耳集中音響療法を行った後では健常人と同様の脳活動の左右差が認められました。病側耳集中音響療法により、難聴の耳に対応する脳部位が再活性化したのではないか、と考えられます。
岡本特任准教授は、「これまでは突発性難聴に対しては薬物療法を行い静かに過ごすことが推奨されてきました。しかし、むしろ聞こえにくくなった耳を積極的に使うことで機能の回復を図るリハビリテーション療法が有効であること、また脳活動の回復にも繋がることを今回の研究により示すことができました。今後も、より効果的な治療法の開発に役立て行きたいと考えています」と話しています。
本研究は、大阪大学の猪原秀典教授・ミュンスター大学パンテフ教授との共同研究により行われました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環としてて行われました。
今回の発見
1.突発性難聴が耳と脳において神経活動の不活性化を引き起こすことに注目し、これを防ぐリハビリテーション療法を行うことで聴力の改善を試みました。
2.突発性難聴患者は聞こえやすい正常な耳で音を聞いてしまうため、正常な耳には耳栓をして聞こえにくい耳で音を聞いてもらうようにしました。
3.耳と脳の神経活動の活性化のためにクラシック音楽を使用しました。
4.通常のステロイド療法にこのリハビリテーション療法を加えることで、ステロイド療法単独に比べ有意に聴力の改善が認められました。
図1 病側耳集中音響療法の模式図
突発性難聴の患者さんの正常な耳には耳栓をします。耳栓は入院中ずっとしてもらいます。そして聞こえにくい方の耳で入院中毎日6時間ヘッドホンから音楽を聞いてもらいます。
図2 突発性難聴発症後の聴力の変化
突発性難聴発症後の聴力を比較した。通常行われるステロイド療法にリハビリテーション療法を加えた患者群(灰色の棒グラフ)の方が、ステロイド療法単独の患者群(白色の棒グラフ)よりも聴力の回復が良かった(この図では棒グラフの値が0に近づくほど聴力が回復していることを示しています)。
図3 病側耳集中音響療法を行った患者の脳活動
リハビリテーション療法(音響療法)を行った患者に片耳から音を聞かせた時の脳活動を調べました。聴力低下の無い健常者では対側の脳の神経活動がやや大きいのですが(左右差=約0.2)、突発性難聴発症時には脳神経活動にあまり左右差を認めませんでした。しかしながら、ステロイド+音響療法を行うと発症後約3ヶ月で、聴力低下の無い健常者の脳活動の左右差とほぼ同等になりました。
この研究の社会的意義
突発性難聴に対する新しいリハビリテーション療法の開発
突発性難聴は原因不明の難聴を主訴とする疾患ですが、近年日本においてその発症率は顕著な増大傾向が認められます(厚生労働省研究班調べ:http://www.nanbyou.or.jp/entry/310)。種々の治療法が試みられていますが、どの治療法が有効かは判明しておらず、現在主流であるステロイド療法の有効性に関してさえいまだ論争が絶えません。今回の病側耳集中音響療法は従来の薬物療法とは全く異なるアプローチであり、安価で副作用がないにもかかわらず、患者の聴力をステロイド単独療法の場合に比べ有意に改善させることができました。今後さらに研究を発展させることで突発性難聴のみならず、その他の感覚系の種々の疾患に対しても、より有効で副作用のない新しい治療法につながっていくことが期待されます。
論文情報
Hidehiko Okamoto, Munehisa Fukushima, Henning Teismann, Lothar Lagemann, Tadashi Kitahara, Hidenori Inohara, Ryusuke Kakigi, and Christo Pantev.
Constraint-induced sound therapy for sudden sensorineural hearing loss – behavioral and neurophysiological outcomes.サイエンティフィック・リポーツ誌(Scientific Reports) 2014年1月29日オンライン掲載
お問い合わせ先
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
特任准教授 岡本 秀彦 (おかもと ひでひこ)
教授 柿木 隆介 (かきぎ りゅうすけ)
Tel: 0564-55-7752 FAX: 0564-52-7913
email(岡本): hokamoto@nips.ac.jp
email(柿木): kakigi@nips.ac.jp
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp