概要
TRPM5チャネルは細胞内カルシウムイオンによって活性化される1価の陽イオンを選択的に通すチャネルであり、味細胞、膵臓および一部の脳にその発現は限局していることが知られています。TRPM5チャネルは細胞内カルシウムイオンによって活性化することで細胞膜を脱分極させ、細胞の興奮性を調節していると考えられています。現在までに有効な活性化剤および阻害剤の報告はとても少なく、TRPM5チャネル活性がどのように調節されているかにつてはあまり明らかにされていませんでした。今回、我々はTRPM5チャネルの内在性の活性調節物質の1つとして細胞外亜鉛イオンが生理的濃度の範囲でTRPM5チャネル活性を阻害することを見いだしました。TRPM5チャネルを強制発現させた培養細胞(HEK293細胞)にホールセルパッチクランプ法を適用してTRPM5チャネルの活性化電流を観察した結果、細胞内カルシウムによって認められるTRPM5チャネル電流が亜鉛イオンによって強く抑制されました(図A)。さらにTRPM5チャネルに対する亜鉛の作用部位を検討するためにTRPM5チャネルの点変異体を作製して阻害作用を比較した結果、イオンの通る穴(ポア)を形成している細胞外ドメインのヒスチジン及びグルタミン酸に作用することが明らかとなりました(図B)。
本研究より、新たにTRPM5チャネルの活性を調節する分子を見いだしました。亜鉛は生体内において鉄に次いで多く存在する必須微量元素です。亜鉛はDNA合成酵素やアルコール分解酵素など多くのタンパク質の機能の維持に重要な働きをしていることが知られています。TRPM5チャネル活性の亜鉛による活性調節はTRPM5チャネルの生理機能維持に重要な役割を担っていると考えられます。
論文情報
Kunitoshi Uchida and Makoto Tominaga.
Extracellular zinc ion regulates TRPM5 activation through its interaction with a pore loop domain.
Journal of Biological Chemistry. 288 (36), 25950-25955, 2013
図 TRPM5チャネル活性化電流に対する亜鉛イオンの阻害作用と作用部
A. TRPM5チャネルを発現させたHEK293細胞にホールセルパッチクランプ法に観察されるTRPM5チャネル活性化電流
ピペット溶液(細胞内)に500 nMのカルシウムイオンを添加し、右下の実験条件に従って膜電位を変化させると膜電位変化に依存した活性化電流がみられる(左上)。この電流は細胞外に20 μMの塩化亜鉛を投与するとほとんど観察されなくなる(右上)。塩化亜鉛を洗い流すと、部分的ではあるが活性が回復して電流がみられるようになる(左下)。
TRPM5チャネルの1つのサブユニットは他のTRPチャネルと同様に6個の膜貫通領域(TM)を持ち、N末端及びC末端ともに細胞内に位置している。膜貫通領域の5番目と6番目の間にイオンの通る穴(ポア)を形成する大きなループがある。亜鉛イオンはこのループ内の1つのヒスチジン(H896)及び2つのグルタミン酸(E926、E939)に作用することで、TRPM5チャネル活性を阻害する。