概要
神経細胞は多くの異なる種類の細胞種が存在している。それらが複雑な神経回路網を作ることで外界の刺激を受容したり、多様な運動パターンが作られたりしている。これらの異なる神経細胞は、それぞれ異なる働きをしているため、細胞種を同定し、解析を行うことが非常に重要である。近年、モデル動物においては、様々な細胞種を蛍光タンパク質で可視化したトランスジェニックラインが作製されており、目的に応じて、これらのラインを利用することで、簡便に目的の細胞の同定や解析を行うことが可能になっている。特に、ゼブラフィッシュは体が透明であるため、生きたまま、蛍光タンパクを観察する事が可能であり、各神経細胞を可視化したラインは、様々な研究においてきわめて有用である。
今回、自然科学研究機構生理学研究所の佐藤千恵研究員、東島眞一准教授らは、様々な脊髄介在神経を可視化するトランスジェニックラインを作製した。作製したライン群は2つのシリーズに分けられる。1つめのシリーズは、神経細胞の神経伝達物質特性と密接にリンクするトランスジェニックフィッシュである。神経伝達物質特性は、神経細胞の個性に非常に重要であり、得られたライン群は、汎用性が非常に高い。2つめのシリーズは、背腹軸の発生起源に関わる遺伝子に関するトランスジェニックフィッシュである。脊椎動物の脊髄においては、発生期に背腹軸に沿って、転写因子がドメイン状に発現し、各ドメインから異なる神経細胞が誕生することが知られている。この発現は進化的に保存されていると考えられており、さらに、各ドメインから誕生する神経細胞もその、神経伝達物質特性や形態的特徴が共通する。各ドメインを可視化するラインを作製することで、それぞれのドメインからいかなるタイプの神経細胞が生じるかを生きたまま観察することが可能となる。
今回、神経伝達物質に関して蛍光タンパク質や転写活性化因子Gal4を発現するトランスジェニックフィッシュを7種類、背腹軸のドメイン構造に関連するトランスジェニックフィッシュ11種類の、合計18種類のトランスジェニックフィッシュラインを作製した。図1に、いくつかのトランスジェニックフィッシュの例を示す。我々は、これらのトランスジェニックを用いて、まず、背側脊髄神経のドメイン構造がゼブラフィッシュにおいて保存されていることを明らかにした(図2)。また、さらに、それぞれのドメインから誕生する神経細胞の神経伝達物質を明らかにした。神経伝達物質に関わるトランスジェニックフィッシュ、および、脊髄の背腹軸のドメイン構造を可視化したラインの双方とも、脊髄だけでなく、脳などにも発現が見られるため、今後、広く、様々な研究で活用されることが期待される。
論文情報
本研究成果は、科学誌Developmentに発表された。
http://dev.biologists.org/content/early/2013/08/14/dev.099531.long
Satou, C., Kimura, Y., Hirata, H., Suster, M.L, Kawakami, K., and Higashijima, S. (2013). "Transgenic tools to characterize neuronal properties of discrete populations of zebrafish neurons." Development 140, 3927-3931.
図1 本研究で作製したさまざまなトランスジェニックフィッシュ
図2 ゼブラフィッシュ脊髄の背腹軸のドメイン構造。トランスジェニックフィッシュの系タンパク質の発現から作成した合成図