概要
慢性疼痛は中枢神経系における神経細胞の異常活動によって生じており、近年、脊髄のみならず、一次体性感覚野 (S1) を含む大脳皮質も慢性疼痛処理に関与することが分かってきました。これまでS1において興奮性神経細胞が過剰活動することで慢性疼痛行動が惹起されることがこれまでに明らかになっていました。しかし、S1興奮性神経細胞活動を制御する抑制性神経細胞の活動がどのように慢性疼痛に関与するかは不明でした。そこで、本研究では最先端の2光子顕微鏡をはじめ様々な手法を組み合わせてS1抑制性神経細胞の慢性疼痛における役割を検討しました。
麻酔下のマウス脳内のS1抑制性細胞活動を2光子顕微鏡で観察したところ、慢性疼痛群では正常群に比べてその活動が亢進していました。さらに、慢性疼痛群では抑制性細胞による興奮性活動抑制作用も正常群に比べて亢進していました。S1のGABA受容体機能を薬物投与で抑制すると、疼痛行動が亢進し、GABA受容体機能を亢進すると疼痛行動が減弱しました。このことから抑制性細胞による抑制力増大は疼痛行動を部分的に抑制するものの、完全に抑制するには不十分であることが示唆されました。そのメカニズムとして、GABAの抑制力を制御するクロライドに着目したところ、疼痛モデルにおいて、興奮性神経細胞のクロライド濃度が増加し、クロライド濃度を制御するトランスポーターKCC2の蛋白発現が低下していました。
これらの結果から、慢性疼痛時には、S1興奮性細胞のKCC2発現減少によりGABAの抑制力が減弱するため、抑制性細胞過剰活動によりGABA放出が増加するものの興奮性細胞の過剰活動を完全に抑制することができず、疼痛行動が惹起されることが明らかになった。これらの結果は大脳皮質一次体性感覚野に着目した新しい慢性疼痛治療法の確立の一助となることが期待されます。
図
末梢の慢性炎症によって1)末梢神経からの過剰入力が大脳皮質一次体性感覚野(S1)の第4層(L4)神経細胞へと入力し、2)L4からの過剰な入力が第2/3層(L2/3)興奮性神経細胞および抑制性神経細胞に入る。その結果、3)抑制性神経細胞から興奮性神経細胞へのGABA放出が増大する。一方、4)興奮性神経細胞のクロライドトランスポーター蛋白発現量の減少により細胞内クロライド濃度が高まり、GABAの抑制力は減少する。そのため、5)興奮性細胞の過剰活動を完全に抑制することはできず、6)慢性疼痛行動が惹起される。