内容
心臓の筋肉細胞(心筋細胞)表面の細胞膜には、CFTRイオンチャネル(嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子)と呼ばれる塩素イオンの出入り口となるタンパク質(イオンチャネル)があります。このCFTRイオンチャネルは、心筋細胞の電気活動や、心筋細胞の大きさの調節にかかわっていることが知られていました。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡田泰伸(オカダ ヤスノブ)所長らと仁愛大学の浦本 裕美(ウラモト ヒロミ)講師の研究グループは、心筋梗塞発症直後に、このCFTRイオンチャネルを活性化させると、心筋梗塞の進行を抑えることができることを、マウスをつかった実験によって明らかにしました。国際誌Cell Physiol Biochemの9月20日号(電子版)に掲載されました。 |
今回、研究グループは、マウスの心臓の左冠状動脈の虚血・血流再開(再灌流)に伴う心筋梗塞発症時に、CFTRイオンチャネルがどのような働きをするのかを確かめました。心筋梗塞発症直後にCFTRイオンチャネルを薬物で活性化させると、心筋の壊死の進行を抑えることができることがわかりました。CFTRイオンチャネルを持たない遺伝子改変マウスでは心筋傷害は悪化し、CFTR活性化剤投与によっても救済も改善もされないことがわかりました。つまり、CFTRイオンチャネルを活性化させられれば、心筋梗塞の進行を抑えられることがわかりました。
岡田泰伸所長は「心筋梗塞発症直後にCFTRイオンチャネルを活性化させることで、細胞から塩素イオンが放出され、心筋細胞が膨らんで死んでしまうことを抑えることができるものと考えられます。CFTRイオンチャネルを活性化させる薬剤を投与すれば、心筋梗塞の進行を抑制できると考えられます」と話しています。
本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
今回の発見
1. 心筋梗塞発症直後の血流再開(再灌流)時に、心筋細胞のCFTRイオンチャネルを活性化させると、心筋壊死を抑制できることがわかりました。
2. CFTRイオンチャネルの遺伝子改変ノックアウトマウスでは、CFTRイオンチャネルを活性化させる薬剤を投与しても心筋壊死は抑制できませんでした。
3. 心筋梗塞時の細胞破裂性(ネクローシス性)心筋細胞死は、CFTRイオンチャネルの活性化によって防御・救済されることがわかりました。
図1 CFTRイオンチャネルの活性化で心筋梗塞の進行を大幅に抑制
マウスの心臓の左冠状動脈の虚血と再灌流によって心筋梗塞を発症させたとき、心筋細胞の壊死の様子。CFTRイオンチャネルを活性化させる薬剤を投与すると、心筋細胞が死んでいるところ(TTC染色で白色になっているところ)が大幅にみられなくなっています。
この研究の社会的意義
新しい心筋梗塞治療法へ期待
心筋梗塞発症の際、実際に心筋細胞が死にはじめるのは、一時的に血のめぐりが遮断された(虚血)後に、血のめぐりが再開(再灌流)してしばらくしてからのことです。再灌流直後は、心筋梗塞患者に治療を施すことができ、しかも薬物が病巣に到達しうるタイミングでもあるので、本研究成果は心筋梗塞に対する新しい治療法が開発される可能性を開くものと考えられます。
論文情報
Hiromi Uramoto, Toshiaki Okada & Yasunobu Okada (2012) Protective role of cardiac CFTR activation upon early reperfusion against myocardial infarction.
国際誌 Cell Physiol Biochem 30: 1023-1038
お問い合わせ先
<研究に関すること>
岡田 泰伸 (オカダ ヤスノブ)
自然科学研究機構 生理学研究所 所長
TEL 0564-59-5881 FAX 0564-59-5883
email: okada@nips.ac.jp
<広報に関すること>
小泉 周 (コイズミ アマネ)
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
TEL 0564-55-7722 FAX 0564-55-7721
E-mail: pub-adm@nips.ac.jp
補足説明
心臓の筋肉細胞(心筋細胞)にはCFTRと呼ばれるアニオンチャネルが発現しており、細胞外シグナル(アドレナリン、アデノシン、ATP)受容体刺激による細胞内蛋白キナーゼA/Cの活性化によって開口して、心筋細胞の電気活動や容積調節や虚血プレコンディショニングに関与することが知られている。
今回、マウスの左冠状動脈を結紮・再開放(虚血・再灌流)してもたらされる心筋梗塞(心筋壊死)に伴い、①心室筋内のCFTR蛋白質の発現は減少せずに、むしろ増大すること、②心筋傷害はCFTR活性化をもたらす各種薬剤を再灌流開始10分以内に投与することによって救済されること、③逆に心筋傷害はCFTR阻害剤の投与によっては増悪すること、④CFTRノックアウトマウスでは心筋傷害は増悪し、CFTR活性化剤投与によって救済も改善もされないことを明らかにした。更には、単離培養心室筋細胞を用いた虚血・再灌流モデル実験においても、上記①、②、③は再現され、加えて⑤この傷害の原因はアポトーシス死ではなくネクローシス死によること、⑥その傷害はCFTR遺伝子の強制発現によって救済され、CFTR遺伝子ノックダウンによって増悪すること、等を明らかにした。これらの結果は心筋梗塞時のネクローシス性心筋細胞死は、再灌流時のCFTR活性化によって防御・救済されることを示している。
そのメカニズムとしては、CFTRは膨張した細胞の容積調節に関与しうるという野間らの報告(Wang et al. 1997 J Gen Physiol)を考え合わせると、おそらくCFTRアニオンチャネルの開口(によるクロライド流出)によって、心筋細胞がネクローシス死(細胞破裂死)をおこす前に膨張した細胞容積が調節されることによるものと考えられる。
再灌流直後は、心筋梗塞患者に治療を施すことができ、しかも薬物が病巣に到達しうるタイミングでもあるので、本研究成果は心筋梗塞に対する新しい治療法が開発される可能性を開くものである。