概要
私たちの色知覚は色刺激の色(色度)だけでなく色刺激がおかれた背景の明るさに大きく影響されます。例えば同じ色でも背景が明るければ茶色に感じ、暗ければ橙色に感じるといったことが起きたり、無彩色(白、黒、灰)の色刺激では、背景より明るいときには白に見える刺激が、背景より暗いときには黒に見えるといった大きな変化が起きたりします。色の情報は目から大脳皮質一次視覚野に伝えられた後、腹側視覚経路とよばれる経路を通って処理されます。サルの大脳視覚皮質でこの経路に属するV4野や下側頭皮質(IT)は色の知覚に深く関与していると考えられており、特定の色を見ているときに強い反応を示す「色選択性細胞」が多く存在していることが知られています(図1A)。また下側頭皮質には色選択細胞がたくさん固まっている場所が前の方と後の方に存在することが見いだされており、それぞれ下側頭皮質前部色領域(AITC)と後部色領域(PITC)と名付けられています(図1B)。明るさの影響を受けて変化する色の見えのメカニズムを理解するためには、これらの場所に存在する色選択性細胞が表現する色の情報が、背景との明るさの違いによってどのように変化しているのかを明らかにすることが重要です。そのため本研究ではサルのV4野、PITC、AITCのそれぞれに存在する色選択性細胞の活動を記録し、個々の色選択性細胞の応答や色選択性細胞集団が表現する色の情報が、色刺激の輝度コントラスト(背景との明るさの違い)によってどのように変化するかを調べました。その結果、PITCの神経活動がもっとも色の見えに相関した変化を示すことが分かりました。その一方で、AITCの神経活動は明るさ情報とは切り離された色情報のみを表現していることも明らかになりました。
説明
注視課題を遂行中のマカクザルに15色の色刺激をCRTモニタの背景(灰色:10 cd/m2)より高い輝度 (20 cd/m2:明るい色刺激セット)と低い輝度(5 cd/m2:暗い色刺激セット)で呈示し(図2)、微小電極を用いてサルのV4野およびPITC、AITCから色選択性細胞の活動を記録した。そして、明るい色刺激に対する神経活動と暗い色刺激に対する神経活動の比較を行った。記録された色選択性細胞の応答の例を図3に示す。このニューロンは明るい色刺激セットでも暗い色刺激セットでも赤紫色に強く応答したが、最大応答を示した色は両者の間で少しずれていた。
図1
図1の説明 |
図2
図2の説明 実験で用いた30個の色刺激。明るい色刺激セット(A)と暗い色刺激セット(B)。数字は同一の色度を持つ刺激対を表している。 |
図3
図3の説明 V4野から記録した赤紫によく反応した一つの色選択性細胞の応答例。神経活動をperi-stimulus-time-histogram(PSTH)(パネル左上)と円の大きさ(右下)でそれぞれ表している。A.明るい色刺激セットでは12番の色に最も強く応答した。B.暗い色刺激セットでは9番の色に最も強く応答した。AとBでは色選択性の全体的な傾向は似ているが、神経応答のピークがわずかに異なっている。数字は同一の色度を持つ刺激対を表している。PSTHは10ミリ秒のビン毎の発火頻度を示したもの。PSTH下の横線が刺激呈示期間を表す。 |
色刺激の輝度コントラストの変化が細胞の色選択的な応答に与える影響を調べるために、同一の色度の刺激対への応答を比較することで、明るい色刺激セットに対する応答強度と暗い色刺激セットに対する応答強度の相関を細胞ごとに計算した。その結果、V4野とPITCでは相関の低い細胞の割合が大きいのに対し、AITCでは大部分の細胞は高い相関を示すことが分かった(図4)。このことは、AITCでは色選択性細胞の応答に対する輝度コントラストの影響がV4やPITCに比べて小さく、輝度コントラストによらず色選択性が安定していることを示している。
図4
図4の説明 個々の色選択性細胞において、明るい色刺激セットによって引き起こされた応答強度と暗い色刺激セットによって引き起こされた応答強度から計算した相関係数の分布。相関が低いほど、色選択的応答に対する輝度コントラストの影響が大きいことを表している。 |
次に、色度によって輝度コントラストの影響の強さがどのように変化するかを調べた。色度が同一である刺激対ごとに、明るい色刺激に対する神経細胞集団の応答強度と暗い色刺激に対する神経細胞集団の応答強度の相関を計算した。
その結果、V4野とPITCの神経細胞集団の応答強度に対する輝度コントラストの影響は視覚刺激の色度に依存していた。V4野では青やシアンなどの色で輝度コントラストの影響が強い(図5左)のに対し、PITCでは彩度の高い色(鮮やかな色)に比べて無彩色(白/黒)や低彩度の色で輝度コントラストの強い影響がみられた(図5中央)。AITCでは、輝度コントラストの影響はどの色でもほとんどみられなかった(図5右)。
図5
図5の説明 色度ごとに明るい色刺激に対する細胞集団の応答強度と暗い色刺激に対する細胞集団の応答強度の相関(r)を円のサイズで表し、色度座標の位置にプロットしている。低い相関係数(r)は、細胞集団の応答強度が明るい色刺激と暗い色刺激で異なっていたことを意味している。 |
これら三領野のそれぞれの細胞集団が、背景より明るい色と暗い色の情報をどのように表現しているのかを調べた。そのために、30個の色刺激(明るい色刺激15個+暗い色刺激15個)の間で神経細胞集団の応答強度の類似関係を多次元尺度構成法(MDS)により計算し、二次元平面上に可視化した。その結果、いずれの領野においても神経細胞集団の活動は色度の情報を規則的に表現していた(図6)。さらに、V4とPITCの細胞集団の応答強度は明るい刺激セットと暗い刺激セットをはっきり区別していることが分かった(図4左、中央)。特にPITCでは、低彩度(色刺激#11)や無彩色(色刺激#16)の刺激で明るい色と暗い色の区別が顕著だった(図6中央)。一方AITCの細胞集団の活動は、輝度コントラストが異なる色刺激を区別せず、色相の順に色を規則的に表現していることが分かった(図6右)。
図6
図6の説明 30個の色刺激に対する神経集団の応答の類似度を、相関係数rを用いて計算し、応答の非類似度(1-r)を二次元平面に投影した図。丸いシンボルが明るい色に対する神経集団応答、四角いシンボルが暗い色に対する神経集団応答を示す。シンボル間の距離が長いほど、色刺激によって引き起こされる神経集団の応答の類似度が低いことを表している。どの領野も近い色相の色が近くにプロットされており、色度の情報が規則的に表現されているが、V4 とPITCでは明るい色と暗い色が明瞭に離れてかたまっていることが分かる。 |
Namima T, Yasuda M, Banno T, Okazawa G, Komatsu H
Effects of luminance contrast on the color selectivity of neurons in the macaque area
V4 and inferior temporal cortex
The Journal of Neuroscience, November 5, 2014 • 34(45):14934–14947