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生きたままマウスの体の中の特定の細胞を狙い、その活動を"光"で操作(光操作)することができる遺伝子改変マウスを開発

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内容

私たちの体は、200種にもおよぶ細胞が多数集まって作られています。互いの細胞は、情報や物質をやりとりしながら協調することで生命を維持していますが、細胞同士が協調して働く活動は複雑で、生きたまま特定の細胞の働きだけを解析するのは容易なことではありません。今回、自然科学研究機構・生理学研究所の松井 広 (マツイ・コウ)助教、田中 謙二 (タナカ・ケンジ)助教(現・慶應義塾大学医学部准教授)らの研究チームは、マウスの特定の種類の細胞だけに「光を感じて反応するタンパク質(光感受性分子)」を、安定かつ多量に遺伝子発現させる遺伝子改変マウスを開発しました。このように操作した遺伝子改変マウスでは、光刺激の有無によって、生きたまま特定の細胞種の活動を光で制御(光操作)することが可能で、たとえば「脳における特定の細胞の活動」と行動との関係などを詳しく解析できるようになると期待されます。今回の研究成果は、セル・レポート(Cell Reports、7月19日電子版)に掲載されました。
 


 田中助教らは、緑藻類がもつチャネロドプシン2(channelrhodopsin-2, ChR2)という光感受性タンパク質の遺伝子を、特定の細胞種にのみ効率よく発現させるシステム(“KENGE-tetシステム”)を確立しました。これによって、体の中の特定の細胞種を狙い、その活動を生きたまま光によって制御(光操作)することが可能になります。
“KENGE-tetシステム”では、具体的には2種類の遺伝子改変マウスを用います。この2種類の遺伝子改変マウスの第1のマウスと第2のマウスを対象に、次のような二段階の操作を行いました。まず、第1のマウスの「目的とする細胞種だけで発現する遺伝子」の制御部位(プロモーター)に、tTA(テトラサイクリン制御性トランス活性化因子)の遺伝子を組み込みました(tTAマウス)。次に、第2のマウスのβ-actin遺伝子部位に「ChR2の発現を誘導する遺伝子(tetO遺伝子カセット)」を組み込みました(tetO-ChR2マウス)。β-actin遺伝子座に導入する理由は、β-actin分子がどのような細胞においても多く発現される分子だからです。このような2種の遺伝子改変マウスをかけあわせることによって、目的の細胞種でのみChR2を安定かつ多量に発現させることができました。このとき、第1のマウスにおいてtTAを組み込む遺伝子の種類を変えると、ChR2が発現する細胞種が変わることも確かめました。
 さらに研究チームは、この2段階の光感受性分子発現システム(“KENGE-tetシステム”)を利用し、脳の神経細胞やグリア細胞においてChR2を発現するマウスを、何系統も作り出すことに成功しました。これらのマウスの脳に光ファイバーによる光刺激を与えると、神経細胞やグリア細胞をピンポイントで活性化させることができ、その細胞の状態と行動との関連を詳細に解析するツールとして利用できることを明らかにしました。
 今回の成果は、神経科学だけでなく、医学や生物学の幅広い分野で応用できると期待されます。なお、開発された遺伝子操作マウスは、理化学研究所 バイオリソースセンターより入手することができます。

武田科学振興財団および、文部科学省科学研究費補助金、日本学術振興会による補助をうけて行われました。

今回の発見

 マウスの細胞に「光を感知して反応するタンパク質(光感受性分子)の遺伝子」を導入する試みは、世界各地で行われていました。その多くは、「無毒なウイルスを使って、光感受性遺伝子を細胞に導入する」というもので、コストは安いのですが、目的の細胞に安定かつ大量に発現させるのが難しいという問題がありました。遺伝子の発現量にばらつきがあると、同じ光刺激を与えても得られる結果が変わってしまい、「ちゃんと光刺激できているのか?」「何による効果を測っているのか?」がわからなくなってしまいます。
 その点、今回開発した2種類の遺伝子改変マウスを利用した“KENGE-tetシステム”では、ねらった細胞種にのみ、光感受性分子ChR2を安定かつ大量に遺伝子を発現させることができます。たとえば、グリア細胞にChR2を発現させたマウスの頭部に光をあてると、狙ったグリア細胞でのみ「細胞膜に陽イオンを通すチャネル」が開き、内部に電流が流れ込んで細胞が活性化されます。このように、頭蓋骨を通して、脳を全く傷つけることなく、特定の神経細胞やグリア細胞の活動を自在に操り、時系列を追って観察できる技術は、きわめて画期的だといえます。

図1 2種類の遺伝子改変マウスを使ったKENGE-tetシステムを開発

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2種類の遺伝子改変マウス(tTAマウスと、tetO-ChR2マウス)を使って、特定の細胞に光感受性分子(ChR2)を発現させる”KENGE-tetシステム”を開発しました。さまざまなtTAマウスとtetO-ChR2マウスを掛け合わせることによって、特定の細胞に光感受性分子を発現させ、光操作できるようにすることができます。tTAを組み込む遺伝子の種類を変えると、ChR2が発現する細胞種が変わることも確かめました。たとえば、ChR2を脳の海馬と呼ばれる部分に発現するマウスを作ると、脳の中に埋めこんだ光ファイバーによって、光によってそのマウスの行動を活発にすることができました。

この研究の社会的意義

生きたまま“光”で特定の細胞の活動を操作(光操作)
 たとえば、脳の研究の中心は、これまで神経細胞の働きを調べることでした。今回、研究チームは、脳をつくる神経細胞以外の細胞であるグリア細胞を主な標的細胞にして解析を進めました。グリア細胞は、脳容積の多くを占め、興奮状態が変化することなどが知られています。ただし、その形状は複雑で、培養が困難なことなどから、分子レベルの動態や脳機能に与える影響などについてはほとんど解明されていません。今回のKENGE-tetシステムを用いれば、これまで脇役だったグリア細胞と脳や心の機能との関連が明らかにできると期待されます。
 生きたままの状態で細胞レベルの活動を変えられるKENGE-tetシステムは、脳科学だけでなく、他の生物学領域や医学分野において広く応用可能です。今後、ChR2以外のさまざまな機能タンパク質を発現するマウスを作り出し、レパートリーを増やしていけば、新薬候補の効果を試す際の網羅的なスクリーニングなどにも利用できると考えられます。

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論文情報

Expanding the repertoire of optogenetically targeted cells with an enhanced gene expression system
Kenji F. Tanaka, Ko Matsui, Takuya Sasaki, Hiromi Sano, Shouta Sugio, Kai Fan, René Hen, Junichi Nakai, Yuchio Yanagawa, Hidetoshi Hasuwa, Masaru Okabe, Karl Deisseroth, Kazuhiro Ikenaka, Akihiro Yamanaka
Cell Reports, 7月19日電子版

お問い合わせ先

<研究について>
自然然科学研究機構 生理学研究所
助教 松井 広(マツイ コウ)
Tel:0564-59-5279 Fax:0564-59-5275 
E-mail:matsui@nips.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所
助教 田中 謙二(タナカ ケンジ)
(現 慶應義塾大学医学部 准教授)
Tel:03-5363-3934 FAX:03-5379-0187 
E-mail:kftanaka@a8.keio.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 准教授
小泉 周 (コイズミ アマネ)
TEL:0564-55-7722 FAX:0564-55-7721 
E-mail:pub-adm@nips.ac.jp
 

 


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