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はじめて明かされたウイルス感染生活史の全容:位相差電子顕微鏡の金字塔

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内容

 電子顕微鏡の一技術として、急速凍結法が近年開発され、氷に封じられた細胞やウイルスを生状態で観察できるようになった。ホルマリン漬けにしたり、重金属で染色したりする破壊的試料作成法を避ける画期的手法であるが、像のコントラストが弱く微小形態の特定が困難であった。この問題は生理研の永山教授らが開発した位相電子顕微鏡法により解決され、共同研究者のWah Chiu教授率いるベイラー医科大のグループにより、地球上炭酸ガス固定の主役シアノバクテリア中でのウイルスの立体構造形成の解明に応用された(図1)。感染初期にまずウイルスの外殻ができ、次にDNAゲノムがその中に封入され、最後に角や尾が出来る形作りの過程(図2)が明らかにされ、ウイルス感染の生活史モデルが提出された(図3)。


 無染色で透明な生きた細胞の微細観察を最初に可能としたのは、光学顕微鏡の位相差法で、オランダのFritz Zernikeにより発明され1953年のノーベル物理学賞に輝いた。同じ方法を電子顕微鏡に応用する試みは50年以上続けられてきたが、その成功は21世紀になりはじめて生理研永山教授のグループにより達せられた。鍵となったのは、位相差法の心臓部である薄い炭素膜でできた位相板の帯電防止法の確立だった。今回のウイルス感染生活史研究はこの位相差電子顕微鏡が医学生物学研究に真に役立つ強力な方法であることを実証する金字塔といえる。

永山教授は「今回の研究で、10年来地道に続けてきた位相差電子顕微鏡の開発研究が医学、生物学分野で正しく評価されることを期待している。」と話しています。

本研究は国際共同研究として行われました。参照:(https://www.bcm.edu/news/biochemistry-and-molecular-biology/tecnique-sharpens-view-of-phage-assembly)

今回の発見

1.シアノバクテリア内のウイルス感染生活史は地球上炭酸ガス固定の主役シアノバクテリアの生態系を明らかにする。
2.今回のウイルス感染生活史全容解明と同等のことがヒト細胞で可能となれば、ウイルス感染対策の前進が期待される。
3.位相差電子顕微鏡が医学生物学研究の最先端を切り拓く有力な方法であることが実証された。

図1 シアノバクテリアと感染したウイルス(バクテリオファージ)の立体像。金色の楕円構造がバクテリアの細胞壁。バクテリア内にちらばる赤紫色粒子がウイルス

nagayama-press20131025-1.jpg急速凍結法により氷に閉じ込められたシアノバクテリアについて、位相差電子顕微鏡より内部のウイルスを含めたシアノバクテリアの微細立体構造が明らかとなった。(ベイラー医科大のホームページより)

図2 感染過程で変わるのウイルスの立体構造(左側:位相差電子顕微鏡像、右側:ウイルス立体構造モデルー下から上に成人型)


Nagayamapress20131025-2.jpg

感染初期にシアノバクテリアに注入されたウイルスのゲノムDNAはその遺伝情報を使い、シアノバクテリアにウイルスの蛋白質外殻(キャプシド)を作らせる。そのキャプシドがDNAを内包し最後に角や尾を付加する感染生活史の全容が、各段階の立体構造解明により明らかになった。(Nature論文より)

図3 細胞内でのウイルス感染生活史モデル

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図2に示す各段階の立体構造がどのような順序でウイルス形成に関わるのか。その形成過程を示す生活史モデルが構築された。(Nature論文より)

この研究の社会的意義

 地球上炭酸ガス固定の主役シナノバクテリアのウイルス感染生活史解明を通じ、CO2問題の解決につながる期待および位相差電子顕微鏡法によりヒトウイルス感染の詳細が解明され、予防や治療につながる期待がある。

論文情報

Visualizing virus assembly intermediates inside marine cyanobacteria. 
Wei Dai, Caroline Fu, Desislava Raytcheva, John Flanagan, Htet A. Khant, Xiangan Liu, Ryan H. Rochat, Cameron Hasse-Pettingell, Jacqueline Piret, Steve J. Ludtke, Kuniaki Nagayama, Michael F. Schimid, Jonathan A. King & Wah Chiu.
Nature.   2013年10月31日号

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 特別研究
特任教授 永山國昭 (ナガヤマクニアキ)
Tel: 0564-59-5212   FAX: 0564-59-5212 
email: nagayama@nips.ac.jp, knagayama100@gmail.com 

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL: 0564-55-7722、FAX: 0564-55-7721 
email: pub-adm@nips.ac.jp


 

 


脳と脊髄の神経のつながりを人工的に 強化することに成功

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内容

 脊髄損傷や脳梗塞による運動麻痺患者の願いは、「失った機能である自分で自分の身体を思い通りに動かせるようになりたい。」ということです。しかしながら、これまでのリハビリテーション法・運動補助装置では一度失った機能を回復させることは困難でした。今回、生理学研究所の西村幸男 准教授と米国ワシントン大学の研究グループは、自由行動下のサルに大脳皮質の神経細胞と脊髄とを4x5cmの神経接続装置を介して人工的に神経結合し、大脳皮質と脊髄の繋がりを強化することに世界で初めて成功しました。本研究成果を日常生活で利用可能な脊髄損傷や脳梗塞などの運動・感覚麻痺に対する新しいリハビリテーション法として応用することを目指します。本研究結果は、神経科学専門誌NEURON誌(2013年11月7日オンライン速報)に掲載されます。
 

 研究チームは大脳皮質と脊髄間の繋がり(シナプス結合)を強化する目的で、自由行動下のサルの大脳皮質の神経細胞と脊髄とを神経接続装置(図1)を介して、人工的に神経接続しました。神経接続装置は、大脳皮質の神経活動を記録し、それを電気刺激に変換し、0.015秒の遅延時間(刺激のタイミング)をおいて、脊髄に対して電気刺激をします。サルは神経接続装置と伴に、ご飯を食べたり、遊んだり、寝たり、自由に日常を変わらず過ごしていました(図2中)。すると、次の日には大脳皮質と脊髄間のシナプス結合の強さは、人工神経接続前と比較すると、より強くなっていました(図2左)。シナプス結合の強さは、刺激のタイミングが大変重要で、0.012-0.025秒だと強化され(図3赤丸)、0.050秒以上ではシナプス結合の強さに変化が見られませんでした。大変興味深いことに、刺激のタイミングを短くするとシナプス結合の強さが減弱されました(図3水色)。この結果は、自由行動下の動物でシナプス結合を強めたり、弱めたりした世界で初めての成果です。

 西村准教授は、「この技術は在宅で利用可能な脊髄損傷や脳梗塞後の運動・感覚機能の機能再建・リハビリテーションに役立つことが期待されます。シナプス結合は学習や記憶を司り、脳・脊髄の至る所にあります。この技術は学習能力や記憶を強化することにも応用可能かもしれません。」と話しています。

 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域(研究総括:川人 光男 (株) 国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長)における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス」(研究代表者:西村 幸男)の一環として行われました。

 また、今回の動物実験に関しては、動物実験の指針を整備するとともに、研究所内動物実験委員会における審議を経て、適切な動物実験を行っております。

今回の発見

・大脳皮質と脊髄との繋がりを強化・減弱することに成功。
・3.5x5.5cmの神経接続装置を使って、自由行動下のサルに大脳皮質運動野の神経細胞と脊髄とを神経接続装置を介して人工的に神経結合した。
・日常生活で利用可能な脊髄損傷や脳梗塞などの運動・感覚麻痺の新しいリハビリテーション法となり得る。

図1 神経接続装置

press-nishimura20131108-1.jpg

 3.5x5.5cmの電子回路で生体信号記録装置、マイコン、電気刺激装置で構成されています。

図2 人工的な神経接続による大脳皮質と脊髄との神経結合の強化

press-nishimura20131108-2.jpg

 大脳皮質と脊髄間の神経結合の強さは、脊髄につながっている大脳皮質の神経細胞と脊髄の神経細胞間のシナプスで決められています(図2左)。この大脳皮質と脊髄間のシナプス結合を強化する目的で、大脳皮質の神経細胞と脊髄とを神経接続装置を介して、人工的に神経接続しました。神経接続装置は、大脳皮質の神経活動を記録し、それを電気刺激に変換し、0.015秒の遅延時間(刺激のタイミング)をおいて、脊髄に対して電気刺激をします。神経接続装置を約1日、自由行動下のサルに装着すると(図2中)、次の日に大脳皮質と脊髄間のシナプス結合の強さは、人工神経接続前と比較すると、より強くなっていました(図2右、赤丸が強化されたシナプス結合)。

図3 刺激のタイミングの効果

press-nishimura20131108-3.jpg

 シナプス結合の強さの制御には、刺激のタイミングが大変重要で、0.012-0.025秒だと強化され(図3赤丸)、0.050秒以上では効果はありませんでした。大変興味深いことに、刺激のタイミングが短すぎるとシナプス結合の強さが減弱されました(図3水色)。

この研究の社会的意義

・日常生活で可能なリハビリテーション法の臨床応用。

論文情報

“Spike-timing dependent plasticity in primate corticospinal connections induced during free behavior”
Yukio Nishimura, Steve I. Perlmutter, Ryan W. Eaton, Eberhard E. Fetz
Neuron 2013年11月7日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 認知行動発達機構研究部門
准教授 西村 幸男 (にしむらゆきお)
TEL: 0564-55-7766 FAX: 0564-55-7766 
EMAIL: yukio@nips.ac.jp

<広報に関すること>
①    自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721
EMAIL: pub-adm@nips.ac.jp

②    独立行政法人科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404  FAX: 03-5214-8432
EMAIL: jstkoho@jst.go.jp


 


 

けいれん・記憶障害をきたす自己免疫性辺縁系脳炎の病態を解明 ―てんかん関連分子LGI1の機能阻害が辺縁系脳炎をも惹起する―

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内容

自然科学研究機構 生理学研究所の深田正紀教授、深田優子准教授、大川都史香院生の研究グループは、鹿児島大学医学部の髙嶋博教授、渡邊修講師、北海道大学医学部の渡辺雅彦教授らとの共同研究により、国内の自己免疫性神経疾患患者の血清を網羅的に解析し、痙攣や記憶障害をきたす辺縁系脳炎の病因となる自己抗体の種類とその頻度を明らかにしました。そして、てんかん関連分子LGI1に対する自己抗体がシナプス機能異常を引き起こし、辺縁系脳炎を惹起している可能性が極めて高いことを突き止めました。さらに、辺縁系脳炎の診断、治療効果の判定に実用可能な検査法を開発しました。本研究成果は米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)に掲載されます(2013年11月13日号)。

  辺縁系脳炎は亜急性に近時記憶障害や痙攣、見当識障害をきたす重篤な脳疾患であり、原因としてウイルス感染や細菌感染、腫瘍随伴、自己免疫などが知られています。自己免疫性脳炎は、主に成人に発症し、国内患者は年間約700人と推定されています。自己免疫性脳炎は、なんらかの原因で自身の神経細胞が有する蛋白質に対する抗体(自己抗体)が生じるために、自身の神経細胞の機能が障害されて発症します。しかしながら、自己抗体と標的蛋白質(自己抗原)の全容が未だ不明であり、診断が極めて困難な疾患です。本研究では、国内の145名の辺縁系脳炎を含む自己免疫性神経疾患の患者血清を網羅的に解析し、既知の自己抗体に加え、別の6種類の蛋白質に対する新規自己抗体を発見しました(図1)。さらに、各患者血清中のこれら自己抗体価を体系的に測定した結果、てんかん関連蛋白質であるLGI1に対する自己抗体価と辺縁系脳炎発症との間に極めて高い相関があることを見出しました(図2)。
LGI1はその変異がある種の遺伝性側頭葉てんかんを引き起こすことから研究者の注目を集めています。これまでに、深田らの研究グループはLGI1がADAM22受容体を介してシナプス伝達を制御すること、そして、LGI1欠損マウスではシナプス伝達異常により、生後2-3週間で致死性てんかんを必発することを報告してきました。一方ごく最近、海外の研究者らにより辺縁系脳炎患者血清中に抗LGI1自己抗体が存在することが報告されました。しかし、LGI1自己抗体が他のさまざまな自己抗体と比較してどれほど強く自己免疫性辺縁系脳炎の発症と関連するのか、そして、LGI1自己抗体がどのようにして痙攣発作や記憶障害といった臨床症状を引き起こすかは不明でした。

本研究では国内の自己免疫性神経疾患患者の血清を網羅的に解析することにより、LGI1自己抗体を高値かつ単独で有するほぼ全ての患者さんが辺縁系脳炎と診断されていたことを見出しました。さらに、LGI1自己抗体がLGI1とその受容体であるADAM22との結合を阻害することにより、脳内の興奮性シナプス伝達の大部分を担うAMPA受容体機能を低下させることを突き止めました(図3)。AMPA受容体を介したシナプス伝達の制御機構は記憶、学習の根幹を成すと考えられていることから、LGI1自己抗体によるAMPA受容体機能制御の破綻は辺縁系脳炎の記憶障害やてんかん症状を引き起こすと考えられます。

本研究は、最先端・次世代研究開発プログラム(内閣府) (H22-25)(研究代表者・深田正紀)、及び文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「シナプス・ニューロサーキットパソロジー」(領域代表:岡澤均 東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)における研究課題「遺伝性側頭葉てんかんのシナプスおよび神経回路病態の解明」(H23-26)(研究代表者・深田優子)の一環として得られました。また、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金における研究課題「自己免疫性脳炎の病態解析および新規抗原の解明」(H25-27)(研究代表者・渡邊修)、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究における研究課題「Isaacs症候群の診断、疫学および病態解明に関する研究(H24-25)(研究代表者・渡邊修)、 新学術領域研究「包括型脳科学研究推進支援ネットワーク」(領域代表:木村實 玉川大学脳科学研究所所長)における「リソース・技術支援」(渡辺雅彦拠点)による支援を受けて実施されました。

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 本研究に御協力頂きました患者様と御家族の皆様に深謝いたします。

今回の発見

(1)国内の自己免疫性神経疾患患者が有する自己抗体を体系的に同定、測定した結果、LGI1自己抗体を高値で有する患者さんはほぼ全て辺縁系脳炎と診断されていたことがわかりました(図2)。
(2) LGI1自己抗体はLGI1とその受容体ADAM22との結合を阻害し、シナプス伝達の中核を成すAMPA受容体機能を減弱させることがわかりました(図3)。
(3)先天的にLGI1遺伝子を欠損させたてんかんモデルマウス(ノックアウトマウス)においても、海馬領域においてAMPA受容体量が減弱していることがわかりました。

図1 新規自己抗体の発見

press20131113Fukata-1.jpg自己抗体は文字通り自己の蛋白質に対して反応し、細胞、組織、臓器に障害を引き起こします。今回、研究グループは脳神経細胞の蛋白質に対する既知の自己抗体(黒字の蛋白質に対する抗体)に加えて、さまざまな蛋白質に対する新規の自己抗体(赤字の蛋白質に対する抗体)を発見しました。

図2 複数の自己抗体を同時測定できる検査法の開発

press20131113Fukata-2-1.jpg今回、多数の新規自己抗体の標的抗原を同定したことにより、一人の患者血清中にどのタイプの抗体がどの程度存在しているかを簡便、高感度、かつ特異的に測定することが可能となりました。

 

press20131113Fukata-2-2.jpgLGI1抗体価(縦軸)とCASPR2抗体価(横軸)と疾患との関連性を示しています。LGI1抗体価が0.8以上の患者さんは殆ど例外なく辺縁系脳炎と診断されていたことが明らかになりました(左上の赤色の群)。一方、CASPR2抗体価が0.3以上の患者さんはニューロミオトニア(神経筋緊張病)のケースが有意に多いことが分かりました(右中央の青色の群)。

図3 LGI1自己抗体はLGI1とADAM22/23との結合を阻害する

press20131113Fukata-3.jpg通常、LGI1はシナプス間隙でADAM22、ADAM23と結合し、AMPA型グルタミン酸受容体を精緻にコントロールしています。一方、LGI1の機能が自己抗体により後天的に阻害されると、シナプスにおけるAMPA型グルタミン酸受容体機能が低下し無秩序なシナプス伝達が生じます。その結果、痙攣発作を伴うてんかん病態や記憶障害が生じると考えられます。

この研究の社会的意義

(1)“てんかん病態”の解明
これまでLGI1はその遺伝子変異がある種の側頭葉てんかんを引き起こすことから注目を集めてきましたが、今回の研究により、成人において後天的にLGI1とADAM22の結合が阻害されると、てんかん病態が惹起されることが明らかになりました。つまり、LGI1とADAM22の結合は私たちの脳が安定な興奮状態を維持するのに一生涯を通じて必要不可欠なシステムであると言えます。LGI1とADAM22はこれまでのイオンチャネルを標的とした抗てんかん薬と異なる新たな抗てんかん薬のターゲットとして期待されます。

(2)“自己免疫性辺縁系脳炎”の診断、治療効果判定に期待
今回、私共の開発した Multiplex ELISA検査法(図2)は患者血清中の様々な自己抗体の量を同時に測定することができ、辺縁系脳炎の確定診断、および治療効果の判定に実用可能と考えられます。この検査法により、個々の患者さんはしばしば複数の自己抗体を有することが明らかになりました。このことから、自己抗体の組み合わせによって患者固有の臨床症状が形成されることが強く示唆されます。また、LGI1自己抗体による辺縁系脳炎は免疫療法により自己抗体量を低下させることができれば治療可能なので、迅速な診断により早期の治療と良好な予後が期待できます。

(3)ヒトの記憶、学習の分子メカニズムの解明に期待

90%以上の患者さんで記憶障害を示す辺縁系脳炎の病態がLGI1とADAM22の結合障害に起因するシナプス伝達異常であることが判明したことから、今後は、記憶や学習過程におけるLGI1の役割の解明が期待されます。LGI1とADAM22との結合を修飾する化合物は、シナプス伝達の機能を変化させるような新たな薬剤の候補となることが期待されます。

論文情報

Autoantibodies to Epilepsy-Related LGI1 in Limbic Encephalitis Neutralize LGI1-ADAM22 Interaction and Reduce Synaptic AMPA Receptors.
Toshika Ohkawa, Yuko Fukata, Miwako Yamasaki, Taisuke Miyazaki, Norihiko Yokoi, Hiroshi Takashima, Masahiko Watanabe, Osamu Watanabe, and Masaki Fukata
米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)2013年11月13日発行

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体膜研究部門
教授 深田 正紀(フカタ マサキ)
Tel: 0564-59-5873 Fax: 0564-59-5870
Email:mfukata@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
Tel: 0564-55-7722 Fax: 0564-55-7721
Email: pub-adm@nips.ac.jp

言葉解説

“自己抗体”
本来産生されることのない自己の物質に対してできた抗体で、自己の細胞や組織、臓器に障害を引き起こし、自己免疫疾患の原因となります。LGI1以外にもNMDA受容体やAMPA受容体に対する自己抗体が自己免疫性脳炎で報告されています(図1)。

“辺縁系脳炎”

亜急性の近時記憶障害、見当識障害で発症し、極期には痙攣発作をきたす重篤な疾患。治療法はその原因により大きく異なり、感染が原因の場合には感染症に対する治療が必要となり、自己免疫性の場合は免疫療法が第一選択となります。しかし、自己免疫性の場合は有効な検査法が十分確立されておらず、診断が困難な場合があります。

“てんかん”
脳神経細胞や神経回路の過剰あるいは無秩序な興奮によって反復性の痙攣発作や意識消失等の発作が生じる疾患の総称で、人口の約1%程度に発症する神経疾患。

“てんかん関連分子LGI1”

神経細胞に特異的に発現する分泌蛋白質であり、その変異は遺伝性側頭葉てんかんを引き起こします。LGI1はシナプスで分泌され、ADAM22、およびADAM23受容体と結合し、シナプス伝達(AMPA受容体機能)を精緻に制御します(図3)。LGI1欠損マウス(ノックアウトマウス)では、シナプス伝達の異常により全てのマウスが致死性てんかんを必発します。

“シナプス伝達”

神経細胞同士はシナプスという接続部を介して相互に情報伝達を行います。シナプス伝達はこのシナプス間の情報伝達を指します。シナプス伝達の効率はそのシナプスの使用状況や外界刺激の種類に応じて柔軟に変化することから、記憶や学習の分子基盤と考えられています。

“AMPA受容体”

AMPA型グルタミン酸受容体は興奮性の神経伝達物質グルタミン酸の受容体の一つで、それ自体がNaイオンを透過させるイオンチャネルとして機能します。また、AMPA受容体は外界刺激によりシナプスにおける発現量が大きく変化すること、および興奮性シナプス伝達の大部分を担うことからシナプス可塑性の根幹をなす分子としてその制御機構は注目を集めています。 

 

Innovation Technologies 2013 特別賞 受賞!

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内容

2013年 10月24日(木)~26日(土)に日本科学未来館でデジタルEXPOが開催されました。
コンテンツ技術イノベーション促進事業の一環として、デジタルコンテンツEXPOと連動しコンテンツ技術の更なる活用と発展を目的とした、「Innovative Technologies2013」が開催され、71件の応募の中から、コンテンツ技術専門家を委員とする評価委員会による厳正な審査を経て、20件の優れたコンテンツ技術を採択いたしました。
その中で、生理学研究所の西村先生のチーム(Human部門)が特別賞を受賞いたしました。

詳しくはこちらをご覧ください。

EXPO-nishimura.jpgExpo2013.jpg


 

論文発表 「ヒト聴覚野における音刺激の経時変化に対する階層的な神経活動」

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感覚運動調節研究部門 岡本 秀彦准教授の論文が採択されました。

タイトル:「ヒト聴覚野における音刺激の経時変化に対する階層的な神経活動」
      ” Hierarchical Neural Encoding of Temporal Regularity in the Human Auditory Cortex”

概要:蝸牛ではコードできない非常に低い周波数成分は、語音の知覚などで重要>な働きを担っていることが知られている。
本実験では、白色雑音を一定周期で繰り返し提示することで、非常に低い周波数の時間規則性が誘発脳磁場反応に与える影響を調べた。
その結果、時間周期性がある雑音の方が有意に大きい誘発反応を惹起した。
蝸牛でコードされない時間規則性は聴覚中枢で比較的遅い潜時で処理されてい
ると考えられる。

Authors: Sumru Keceli, Hidehiko Okamoto, Ryusuke Kakigi Brain Topography.
 

 

論文発表 「静寂下及び雑音下において時間規則性が聴覚誘発反応に与える影響」

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感覚運動調節研究部門 岡本 秀彦准教授の論文が採択されました。

タイトル:静寂下及び雑音下において時間規則性が聴覚誘発反応に与える影響
”Differential effects of temporal regularity on auditory-evoked response amplitude: a decrease in silence and increase in noise”

概要:本実験では脳磁図を用いて13名の健常人を測定し、静寂下では時間的に不規則な音の方が規則的な音より振幅の大きい反応を惹起するのに対して、雑音下では時間的に規則的な音のほうが不規則な音より振幅の大きい反応を示した。この結果は抑制的な聴覚神経処理を反映していると考えられ、将来耳鳴りや聴覚過敏の理解や治療に役立つのではないかと考える。

著者: Hidehiko Okamoto, Henning Teismann, Sumru Keceli, Christo Pantev, Ryusuke Kakigi.

雑誌名:Behavioral and Brain Functions.2013, 9:44.
 

Invitation to NIPS: NIPS Internship 2014 (approximately 2 weeks)

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National Institute for Physiological Sciences (NIPS) (Department of Physiological Sciences, School of Life Science, The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI) invites foreign students who wish to stay at NIPS for approximately 2 weeks (internship) in 2014. The aim of the internship is to provide students who are thinking of entrance to our PhD course program with an opportunity to experience our education system and research activity. We believe this opportunity will be very helpful to students in making a decision to enter our graduate university. We will support travel and stay expenses.

Please see HERE for more detail.

なぜ痒いところを掻くと気持ちよくなるのか? その脳内メカニズムを解明

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内容

痒いところを掻くと快感が生じます。しかしながら、その脳内メカニズムは不明でした。今回、自然科学研究機構生理学研究所の望月秀紀特任助教授、柿木隆介教授は、掻くこと(搔破)によって生じる快感に報酬系と呼ばれる脳部位(中脳や線条体)が関係することを明らかにしました。本研究成果は米国の学術専門誌Journal of Neurophysiology(神経生理学雑誌)の1月号に掲載予定です。

研究グループは、実験的に手首に痒みを誘発し、その近辺を掻くことによって快感を生じさせました。そのときの脳の活動を、磁気共鳴断層画像装置(fMRI)を使って調べました。その結果、中脳や線条体といった報酬系と呼ばれる脳部位が強く反応することを世界で明らかにしました。すなわち、報酬系の活性化が掻破による快感を引き起こす原因と考えられます。これは世界で初めての発見です。

望月特任助教は、「気持ちよいからもっと掻いてしまうことがよくあります。特に、アトピー性皮膚炎患者など痒みで苦しむ人々にとっては、掻破による快感は深刻な問題です。なぜなら、過剰な掻破が皮膚を傷つけ、それが原因で痒みがさらに悪化してしまうからです。今回の発見により、快感に関係する脳部位が特定できました。この部位の活動を上手にコントロールできれば、過剰掻破を抑えることができます。そのような掻破の制御を目的とした新たな痒みの治療法開発につながることが期待されます」と話しています。kakenhi-logo.jpg

本研究は、科学研究費補助金の支援をうけて行われました。

今回の発見

1.掻破によって生じる快感について、その脳内メカニズムを調べました。
2.掻破による快感に報酬系と呼ばれる脳部位が関係することを明らかにしました。

図1 痒いところを掻いて快感が生じているときに報酬系と呼ばれる脳部位(中脳や線条体)が活動。

press20140109kakigi-michizuki.jpg

この研究の社会的意義


 掻破による快感の脳内メカニズム
痒いところを掻きむしると皮膚が傷つきます。アトピー性皮膚炎患者にとってはそのような皮膚の損傷は痒みの悪化につながります。そのため、掻破は患者を苦しめ、痒みの治療を困難にさせる深刻な問題となります。特に、搔破によって生じる快感は掻破を増強させる悪因子のひとつです。つまり、気持ち良いからもっと掻いてしまったり、快感を求めて不必要に掻いてしまったりするようになります。したがって掻破によって生じる快感を抑えることができれば、過度の搔破も軽減されれ、その結果、皮膚のダメージが抑えられて痒みの悪化を抑止できるはずです。本研究の発見は、掻破をコントロールする新たな痒みの治療法開発につながることが期待されます。

論文情報

The cerebral representation of scratching-induced pleasantness.
Mochizuki H, Tanaka S, Morita T, Wasaka T, Sadato N, Kakigi R.
Journal of Neurophysiology. 2014 (in press)

お問い合わせ先

<研究及び広報に関すること> 
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
教授 柿木 隆介
Email:kakigi@nips.ac.jp
TEL:0564-55-7751, 0564-55-7756(秘書室)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp
 


脳虚血時の細胞死誘導メカニズムへ光 光操作の新技術によって発見されたグリア細胞の新しい機能

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内容

東北大学大学院医学系研究科の松井 広(まつい こう)准教授と生理学研究所等のグループは、細胞活動を光で自在に操作する新技術を用いて、脳のグリア細胞の新しい役割を発見しました。今回の研究では、(1)グリア細胞から神経伝達物質として働くグルタミン酸が放出され、学習等の脳機能に影響を与えていること、(2)グリア細胞の異常な活動が過剰なグルタミン酸の放出を引き起こし、その結果、脳細胞死が生じることを明らかにしました。また、これまでに、脳虚血時には組織のアシドーシス(酸性化)が起こるとともに、どこからか過剰なグルタミン酸が放出されることは分かっていたのですが、今回、(3)グリア細胞内の酸性化がグリア細胞からのグルタミン酸放出の直接の引き金となるという、新規のメカニズムも発見しました。さらに本研究では、(4)光操作技術でグリア細胞をアルカリ化するとグルタミン酸放出が抑制され、虚血時における脳細胞死の進行を緩和できることが分かりました。これらの知見は、脳梗塞などの新たな治療につながるものと期待されます。本研究結果は2014年1月22日付(日本時間1月23日)のNeuron誌に掲載されます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金、武田科学振興財団により支援されました。
 

 グリア細胞注1は神経細胞とともに脳の大部分を占める細胞ですが、神経細胞と異なり不活性であるとされ、脳内情報の担い手とは捉えられてきませんでした。また、これまでグリア細胞だけを特異的に刺激する方法がなかったため、その役割も十分に調べられてきませんでした。今回の研究では、マウスにおいてグリア細胞の活動を光で操作する技術(光遺伝学注2)を新たに開発し、脳でのグリア細胞の新規の役割を明らかにしました。
光で活性化するチャネルロドプシン注3という物質によってグリア細胞のみを活性化したところ、グリア細胞から興奮性の伝達物質であるグルタミン酸が放出され、このグルタミン酸が神経細胞間のシナプス伝達注4に影響を与え、動物の運動学習機能が促進されるなどの効果を明らかにしました(図1)。
さらに、グリア細胞がグルタミン酸を放出する仕組みも新規に発見しました。神経細胞は、刺激によって細胞内部のカルシウム濃度が上がると、細胞内に存在するグルタミン酸の詰まった小胞から細胞外へグルタミン酸を放出します。ところがグリア細胞は、細胞の膜上に存在するチャネル注5を開いて、細胞内のグルタミン酸を放出します。このチャネルは細胞内が酸性になると開くので、グリア細胞内が酸性になるとグルタミン酸を放出することになります。
 グリア細胞の酸性化は、脳梗塞などの脳虚血注6時に起こります。これまでに、脳虚血時には脳内が酸性になり、大量のグルタミン酸が放出され、その興奮性神経毒性により脳細胞死に至ることが知られていました。しかし、どこから大量のグルタミン酸が放出されるのか、また、どんな仕組みで放出されるのか、不明のままでした。本研究は、この疑問に答え、脳内の酸性化がグリア細胞内で特に速く進行すること、そして、その酸性化そのものがグリア細胞のグルタミン酸放出を促していることを示しました。さらに、光に反応して細胞内をアルカリ化するアーキオロドプシン注7という物質を、同じグリア細胞に発現させ、脳虚血が起こっている最中に光によって細胞をアルカリ化したところ、グルタミン酸放出が抑制され、脳虚血に伴う脳組織の破壊を食い止めることができました(図2)。
本研究グループによって明らかにされたように、グリア細胞は学習等の脳機能を調整しており、その過剰な活動は脳組織を破壊する結果を引き起こします。本研究の知見は、今後、学習における脳機能の亢進や、脳梗塞などの病態時におけるダメージコントロールにもつながると期待されます。

図1 グリア細胞からのグルタミン酸放出が脳機能に影響を与える。

matsui-press20141.23-1.jpgチャネルロドプシン2(ChR2)をグリア細胞に発現させ、これを光で刺激すると、グリア細胞内が酸性化することが明らかになった。この酸性化が引き金となって、細胞質内の陰イオンであるグルタミン酸が、細胞を囲む膜に存在する陰イオンチャネルを介して細胞外へと放出されることが分かった。このようにして、グリア細胞の活動は神経細胞に伝わり、最終的には学習等の脳機能に影響することが示唆された(本研究およびSasaki,…,Matsui*, PNAS, 2012 参照)。

図2 脳虚血によるグリア細胞内酸性化とグルタミン酸放出の間の因果関係。

matsui-press20141.23-2.jpgA, 脳虚血時には、血管(上丸)からの酸素とグルコースの供給が止まり、グリア細胞のグリコーゲンが分解され、乳酸が蓄積することで細胞内が酸性化する。この酸性化がグリア細胞からの過剰なグルタミン酸放出につながると考えられる。B, 脳虚血によって生じるグリア細胞内の酸性化は、グリア細胞に発現させたアーキオロドプシン(ArchT)の光刺激によって、拮抗させることができる。このとき、グリア細胞からのグルタミン酸放出が抑制され、過興奮による神経細胞死を防ぐことができた。

図3 細胞内pHの光遺伝学操作により虚血時におけるグリア細胞の役割を探る。

matsui-press20141.23-3.jpgA, チャネルロドプシン2(ChR2)は、主に水素イオンを通すので、細胞内を酸性化する働きがある。細胞内pHイメージングによって酸性化を確認した。B, アーキオロドプシン(ArchT)は、逆に、水素イオンを細胞外に汲み出す光作動性のポンプである。細胞内pHはアルカリ化することが確認された。C, 小脳スライス標本を浸す灌流液から酸素とグルコースを抜く(OGD)と、グリア細胞内が急速に酸性化する。神経細胞(プルキニエ細胞)から電気記録を取ると、OGDとともに興奮性内向き電流が流れる。D, グリア細胞に発現させたArchTを光刺激してグリア細胞内の酸性化を拮抗させると、興奮性内向き電流が大幅に抑制された。グルタミン酸受容体阻害剤による効果とほぼ同じであることから、ArchT光刺激によってグリア細胞からのグルタミン酸放出が止まったと考えられる。

図4 グリア細胞のアルカリ化で梗塞領域の拡大を抑制。

matsui-press20141.23-4.jpgA, Rose bengal法により人工的に脳梗塞を作った。B, 3時間の局所的脳梗塞で大規模な構造的ダメージが観察されたが、その期間中、グリア細胞に発現させたArchTを間欠的に光刺激し続けた群においては、障害を抑制することができた。

【用語解説】
注1.グリア細胞:神経系を構成する神経細胞以外の細胞の総称。アストロサイト、オリゴデンドロサイト、マイクログリアなどがある。本研究でのグリア細胞はアストロサイトを指す。
注2.光遺伝学(オプトジェネティクス):藻や古細菌等に発現する光感受性のタンパク質(注3と7を参照)を、哺乳類のマウスやラットの特定の脳細胞に発現させて、その細胞の活動を光で自在に操作する技術。
注3.チャネルロドプシン:光によって作動する、水素イオンを通すタンパク質。チャネルロドプシンを持つ細胞に光を当てると細胞を興奮させることができる。また、細胞内を酸性化することもできる。
注4.シナプス伝達:神経細胞間における化学物質(伝達物質)を介した情報の伝達。
注5.チャネル:細胞の膜上に存在する細胞内外で小さな分子を通過させるタンパク質。細胞に小さな孔を開けることで、物質を移動させる。
注6.脳虚血:脳への血流が滞り、脳組織へ酸素とグルコース等の栄養が行き届かなくなった状態。
注7.アーキオロドプシン:光によって作動する、水素イオンを細胞外に汲み出すタンパク質。アーキオロドプシンを持つ細胞に光を当てると細胞内をアルカリ化することができる。

【光遺伝学についての補足説明】
この技術は8年ほど前に開発され、瞬く間に全世界の研究者が利用するに至りました。特定の種類の神経細胞が脳の機能や心の働きにどう影響するのか、ダイレクトに因果関係を調べることができる画期的な技術であるからです。
本研究者は、この技術をグリア細胞に適用するという、他の研究者がほとんど試みなかったことに挑戦しました(図3)。また、本研究者は、細胞を興奮させるのに使うチャネルロドプシン2は水素イオンを通すので、光をあてると細胞内が酸性化することも見出しました。一方、光を当てると細胞の内から外へ水素イオンを汲み出す機能を持つアーキオロドプシンを使うと、細胞内がアルカリ化することも分かりました。この二つは細胞内のpHを操作するツールとしても使えることが分かりました。これによって、グリア細胞内酸性化がグルタミン酸の放出の直接の引き金になっていることを発見しました。細胞機能に影響するシグナルとしては、カルシウムイオンや膜電位ばかりが注目されてきましたが、細胞内pHというものが、もうひとつの重要なシグナルであるということが、この研究の新たな発見です。光遺伝学の応用分野が、脳科学に留まらず、もっと広く他の医学・生物学研究にも広げられる可能性も示唆されました。

【脳虚血についての補足説明】
血流が滞る原因としては、脳の血管が詰まるような脳梗塞、心停止、大量出血などがあります。脳虚血時には、脳組織が酸性化することや、どこからか大量のグルタミン酸が出てくることは、これまでにも知られていました。大量のグルタミン酸は興奮性神経毒性を生み、脳細胞死へと至る不可逆的な過程を引き起こしてしまいます。本研究では、従来は平行して起こる二つの現象と考えられてきた、酸性化とグルタミン酸放出の間に、因果関係があることを見出しました。グリア細胞内の酸性化こそが、脳虚血時におけるグルタミン酸放出を引き起こしているのです。この見解のもと、グリアの酸性化を拮抗させるような光遺伝学的操作を施してみたところ、虚血性脳障害を緩和することができました(図4)。
もちろん、予め、ヒトの脳にアーキオロドプシン等のタンパク質を発現させておき、虚血に伴う酸性化を食い止めるといった介入をすることはできませんので、この研究結果をそのまま脳梗塞などの治療に使えるわけではありません。しかし、グリア細胞のpHを安定化させることが一番の鍵であることが分かりました。細胞内pHを緩衝させる治療法や、細胞内水素イオンを細胞外へと汲み出す生来の仕組みを賦活化させる薬剤の開発など、いくつかの応用可能性を示しています。

【論文題目】
Optogenetic countering of glial acidosis suppresses glial glutamate release and ischemic brain damage
「光遺伝学的手法でグリア細胞の酸性化を抑えれば、グリアからのグルタミン酸放出と虚血性脳障害が抑制される」
Kaoru Beppu, Takuya Sasaki , Kenji F. Tanaka, Akihiro Yamanaka, Yugo Fukazawa, Ryuichi Shigemoto & Ko Matsui
別府 薫、佐々木 拓哉、田中 謙二、山中 章弘、深澤 有吾、重本 隆一、松井 広
掲載雑誌: Neuron (January 22, 2014 掲載予定)

【他の参考論文】
Sasaki T, Beppu K, Tanaka KF, Fukazawa Y, Shigemoto R, Matsui K* (2012)
Application of an optogenetic byway for perturbing neuronal activity via glial photostimulation.
Proc Natl Acad Sci U S A, 109: 20720–20725. (* corresponding author )
この論文は、グリア活動を光操作することで、グリアからグルタミン酸が放出され、神経細胞に影響を与え、学習等の脳機能を促進することがあることを示した初めての論文。

お問い合わせ先

<研究について>
東北大学大学院医学系研究科
脳神経科学コアセンター・新医学領域創生分野
 准教授 松井 広(まつい こう)
電話番号: 022-717-8208
ファックス:022-717-8594
Eメール:matsui@med.tohoku.ac.jp

<報道担当>
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
 稲田 仁(いなだ ひとし)
電話番号:    022-717-7891
ファックス:    022-717-8187
Eメール:hinada@med.tohoku.ac.jp

鳥はワサビを「熱い」と感じる ― ニワトリの「ワサビ受容体」は鳥類忌避剤および高温刺激のセンサーとして働く

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内容

極端な低温や高温に曝されたり、刺激性の化学物質に触れると痛みを感じます。今回、痛みを引き起こす刺激のセンサーであるTRPA1(トリップ・エーワン)をニワトリから単離し機能解析を行い、ニワトリTRPA1が刺激性の化学物質および高温のセンサーとして働くことを明らかにしました。変温動物の両生類や爬虫類のTRPA1も高温のセンサーであるのに対して、哺乳類のTRPA1は高温センサーではないことが知られています。同じ恒温動物である鳥類と哺乳類のTRPA1の温度感受性が一致していないことが分かりました。
また、鳥類忌避剤として利用されるアントラニル酸メチルがTRPA1により受容されることを新たに発見しました。更に、この化学物質によるTRPA1の活性に重要な役割を担う3つのアミノ酸を同定し、これまで不明だったアントラニル酸メチルによって引き起こされる忌避行動の分子メカニズムを解明しました。本研究成果は国際分子生物・進化学会誌(Molecular Biology and Evolution)に掲載されます(1月7日にオンライン先行出版されました)。
 

 研究グループは、脊椎動物や昆虫において痛みセンサーとして機能するワサビ受容体TRPA1を様々な脊椎動物種の間で比較してきました。これまで、両生類や爬虫類のTRPA1が高温のセンサーであり、高温感受性ではない哺乳類のTRPA1とは性質が異なることを報告してきました。今回、哺乳類と同じ恒温動物である鳥類のTRPA1の機能特性を明らかにするために、ニワトリからTRPA1を単離して機能を調べました。ニワトリのTRPA1はワサビの辛み成分アリルイソチオシアネートや他の香辛料に含まれる化学物質により活性化され、刺激性の化学物質のセンサーとして働くことを明らかにしました。更に、ニワトリのTRPA1は高温センサーであることも示し、鳥類のTRPA1の温度感受性が同じ恒温動物である哺乳類とは似ておらず、むしろ変温動物の両生類や爬虫類、昆虫と類似していることを発見しました。

 また、鳥類の忌避剤として海外で利用されるアントラニル酸メチルがニワトリTRPA1を活性化させること、ニワトリの感覚神経においてアントラニル酸メチルによる反応がTRPA1の特異的阻害剤により抑制されることを示し、アントラニル酸メチルの忌避作用がTRPA1を介して生じることを明らかにしました。更に、アントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性が脊椎動物種の間で異なることも見出し、この種間多様性を利用してTRPA1のアントラニル酸メチルの活性に重要な3つのアミノ酸を同定しました。

 富永教授と齋藤助教は、「今回の研究により、TRPA1が鳥類の忌避剤であるアントラニル酸メチルのセンサーであることが分かり、作用メカニズムを分子レベルで解明することができました。また、遺伝子の機能を多様な動物種間で比較することが作用機構を分子レベルで解明するうえで有用であることを示すこともできました。今回の研究はより効果的な鳥類忌避剤の開発に役立つかもしれません」と話しています。

 アントラニル酸メチル:コンコードグレープなどに含まれる、ぶどうのような匂いがする化学物質であり、安全性の高い化学物質と考えられており、食品添加物としても用いられる。鳥類に対して忌避作用があることが知られており、海外では鳥類を追い払うために農場や飛行場などで散布される。

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本研究は、鳥取大学の太田利男教授との共同研究により行われました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

今回の発見 

1.ニワトリのワサビ受容体TRPA1が様々な刺激性の化学物質および高温のセンサーとして働くことを明らかにしました。
2.鳥類の忌避剤であるアントラニル酸メチルがTRPA1を介して作用すること、また、脊椎動物種間でTRPA1のアントラニル酸メチルに対する活性が異なることを発見しました。
3.ニワトリTRPA1のアントラニル酸メチルによる活性に重要な3つのアミノ酸を同定しました。

図1 温度刺激と化学物質刺激に対するニワトリTRPA1の応答

tominagaPress20140123-1.jpgマウスのTRPA1は低温に反応すると報告されていますが、ニワトリTRPA1は低温刺激には反応せず、高温刺激を与えた場合にのみ明瞭な電流応答が生じました。また、ワサビの辛み成分であるアリルイソチオシアネート(AITC)にも反応しました。ニワトリではTRPA1は高温と刺激性化学物質のセンサーとして機能することを示しています。

図2 アントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性の種間多様性と活性化に重要な役割を担うアミノ酸

tominagaPress20140123-2.jpgアントラニル酸メチルに対するTRPA1の活性を5種の脊椎動物種間で比較したところ、ニワトリ、マウス、ヒトのTRPA1では明瞭な反応が観察されるのに対して、ニシツメガエルとグリーンアノールトカゲのTRPA1では反応が小さかった。また、ニワトリTRPA1のアントラニル酸メチルによる活性化には互いに近接した3つのアミノ酸が重要な役割を担うことが分かった。

図3 脊椎動物のTRPA1の機能的な多様性とその進化シナリオ

tominagaPress20140123-3.jpg高温センサーであるニワトリのTRPA1は、同じ恒温動物である哺乳類とは特性が異なり、むしろ、変温動物である両生類や爬虫類のTRPA1と類似していました。脊椎動物はもう一つの高温センサーとしてTRPV1を維持しているために、動物種によってはTRPA1の温度感受性が変化したと考えられます。一方、体にダメージを与え得る刺激を感じる能力はどの動物種にも必須であるため、いずれの動物種もTRPA1の化学物質感受性を維持してきたと考えられます。

この研究の社会的意義

TRPA1をターゲットとした新しい忌避剤の開発
近年、鳥獣による人や農作物への被害が問題となっています。今回の研究により、鳥類がアントラニル酸メチルを忌避するメカニズムが分子レベルで解明され、更に、TRPA1の活性に重要な役割を担うアミノ酸も特定されました。痛みセンサーに作用する忌避剤は即効性がありながら、動物に致死的な作用を及ぼしにくい利点があります。また、植物の成分であるアントラニル酸メチルは安全性が高い化学物質であると考えられています。TRPA1は植物に含まれる多様な化学物質のセンサーであることから、今回の研究成果はTRPA1をターゲットにした新たな忌避剤の開発につながることが期待されます。

論文情報

Heat and noxious chemical sensor, chicken TRPA1, as a target of bird repellents and identification of its structural determinants by multispecies functional comparison. 
Shigeru Saito, Nagako Banzawa, Naomi Fukuta, Claire T. Saito, Kenji Takahashi, Toshiaki Imagawa, Toshio Ohta, and Makoto Tominaga.   2014年1月14日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
助教 齋藤 茂 (さいとう しげる)
教授 富永真琴 (とみなが まこと)
Tel: 0564-59-5286   FAX: 0564-59-5285 
email(齋藤): sshigeru@nips.ac.jp
email(富永): tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp
 

5年一貫制大学院入試における英語の評価についての重要なお知らせ

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(2014年8月および2015年1月実施大学院入試)

総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻5年一貫 制大学院入試では、TOEIC公開テスト、又はTOEIC Institutional Program (IP)テストの成績で英語の評価を行います。本専攻を受験希望の方は下記の点を留意して受験準備ください ますようお願いいたします。なお入学試験当日に英語の筆記試験は行いませんのでご注意ください。

対象となるTOEICテスト

選抜試験実施日からさかのぼり2年以内に受験したTOEIC公開テスト、又はTOEIC Institutional Program(IPテスト)の試験の成績を採用します。

スコアシートの提出

公開テストのOfficial Score Certificate(公式認定証)、又はIPテストのScore Reportのスコアシートのオリジナルを選抜試験当日に必ず持参して下さい。有効期限内のスコアシートを複数有する場合は、点数の高いものを一つだけ提出してください。持参できない場合、入試を受験できませんので十分ご注意下さい。

諸注意

TOEICテストは実施日・実施会場が限られています。申し込みからテスト結果を受け取るまで約2〜3ヶ月かかりますので、5年一貫制大学院受験を検討されている方は早めに受験しておくようにしてください。 TOEICテストの実施日・実施会場は以下のTOEIC公式サイトを参照してください。

問い合わせ先

生理学研究所 細胞器官研究系 細胞生理研究部門
富永 真琴(TEL: 0564-59-5286) e-mail:tominaga@nips.ac.jp

音楽を用いた新しい突発性難聴の治療法 ― 脳の可塑性に基づいた新しいリハビリテーション療法。突発性難聴発症後、弱った耳を積極的に活用することで聞こえを改善させる。

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内容

突発性難聴は急激に聴力が低下する原因不明の疾患で、日本における受療率は年間1万人当たり約3人で増大傾向が認められます。突発性難聴に対してどの治療法が有効かは判明しておらず、現在主流であるステロイド療法の有効性に関してさえ論争中です。今回、自然科学研究機構生理学研究所の岡本秀彦特任准教授、柿木隆介教授と他の研究グループは共同で、突発性難聴を発症した患者さんに、聞こえが悪くなった耳を積極的に活用してもらうリハビリテーション療法で、聴力がより回復することを明らかにしました。
突発性難聴が起こると病側の耳が聞こえにくくなる為、使われなくなってしまいます。ヒトの体の機能は使用されないと衰えてしまうため、本研究では聞こえにくい耳を保護するのではなく、むしろ積極的に使用し耳や脳の神経活動を活性化させることで聞こえを回復させました。安価で安全な突発性難聴治療方法として注目されます。本研究成果はサイエンティフィック・リポーツ誌(Scientific Reports)に掲載されます(1月29日にオンライン出版)。

研究グループは、ヒトの脳活動を脳磁計という機械で測定し、病気やリハビリテーションなどにより脳活動がどう変化するかを研究してきました。本研究では、突発性難聴患者に対して新しいリハビリテーション療法を行いその有効性を確かめました。突発性難聴になると片耳が聞こえにくくなるため、正常な耳ばかりを使い難聴の耳は使わなくなってしまいます。そうすると、難聴の耳から入力を受けている脳の部位も活動を低下させてしまいます。脳は使われないとその機能がどんどん衰えます。そこで、本研究では突発性難聴患者の正常な耳を耳栓で塞ぎ聞こえにくくしたうえで、難聴になった耳には音楽をたくさん聞かせることで、難聴の耳とそれに対応する脳部位の神経活動の活性化を試みました(病側耳集中音響療法)。その結果、通常のステロイド療法に加え病側耳集中音響療法を行った22名の突発性難聴患者の聴力は、ステロイド単独療法の31名の患者に比べて良く回復しました(図2)。また生体磁気計測装置MEG(magnetoencephalography)を使い、病側耳集中音響療法を受けたうち6名の脳の反応を記録しました。片方の耳に音を聞かせると通常反対側の脳活動の方が大きいのですが、入院時はこのような脳活動の左右差がありませんでした。しかしながら、病側耳集中音響療法を行った後では健常人と同様の脳活動の左右差が認められました。病側耳集中音響療法により、難聴の耳に対応する脳部位が再活性化したのではないか、と考えられます。
岡本特任准教授は、「これまでは突発性難聴に対しては薬物療法を行い静かに過ごすことが推奨されてきました。しかし、むしろ聞こえにくくなった耳を積極的に使うことで機能の回復を図るリハビリテーション療法が有効であること、また脳活動の回復にも繋がることを今回の研究により示すことができました。今後も、より効果的な治療法の開発に役立て行きたいと考えています」と話しています。

本研究は、大阪大学の猪原秀典教授・ミュンスター大学パンテフ教授との共同研究により行われました。

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本研究は、文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環としてて行われました。

  

今回の発見

1.突発性難聴が耳と脳において神経活動の不活性化を引き起こすことに注目し、これを防ぐリハビリテーション療法を行うことで聴力の改善を試みました。
2.突発性難聴患者は聞こえやすい正常な耳で音を聞いてしまうため、正常な耳には耳栓をして聞こえにくい耳で音を聞いてもらうようにしました。
3.耳と脳の神経活動の活性化のためにクラシック音楽を使用しました。
4.通常のステロイド療法にこのリハビリテーション療法を加えることで、ステロイド療法単独に比べ有意に聴力の改善が認められました。

図1 病側耳集中音響療法の模式図

okamotoPress20140128-1.jpg突発性難聴の患者さんの正常な耳には耳栓をします。耳栓は入院中ずっとしてもらいます。そして聞こえにくい方の耳で入院中毎日6時間ヘッドホンから音楽を聞いてもらいます。

図2 突発性難聴発症後の聴力の変化

okamotoPress20140128-2.jpg突発性難聴発症後の聴力を比較した。通常行われるステロイド療法にリハビリテーション療法を加えた患者群(灰色の棒グラフ)の方が、ステロイド療法単独の患者群(白色の棒グラフ)よりも聴力の回復が良かった(この図では棒グラフの値が0に近づくほど聴力が回復していることを示しています)。

図3 病側耳集中音響療法を行った患者の脳活動

okamotoPress20140128-3.jpgリハビリテーション療法(音響療法)を行った患者に片耳から音を聞かせた時の脳活動を調べました。聴力低下の無い健常者では対側の脳の神経活動がやや大きいのですが(左右差=約0.2)、突発性難聴発症時には脳神経活動にあまり左右差を認めませんでした。しかしながら、ステロイド+音響療法を行うと発症後約3ヶ月で、聴力低下の無い健常者の脳活動の左右差とほぼ同等になりました。

この研究の社会的意義

突発性難聴に対する新しいリハビリテーション療法の開発
突発性難聴は原因不明の難聴を主訴とする疾患ですが、近年日本においてその発症率は顕著な増大傾向が認められます(厚生労働省研究班調べ:http://www.nanbyou.or.jp/entry/310)。種々の治療法が試みられていますが、どの治療法が有効かは判明しておらず、現在主流であるステロイド療法の有効性に関してさえいまだ論争が絶えません。今回の病側耳集中音響療法は従来の薬物療法とは全く異なるアプローチであり、安価で副作用がないにもかかわらず、患者の聴力をステロイド単独療法の場合に比べ有意に改善させることができました。今後さらに研究を発展させることで突発性難聴のみならず、その他の感覚系の種々の疾患に対しても、より有効で副作用のない新しい治療法につながっていくことが期待されます。

論文情報

Hidehiko Okamoto, Munehisa Fukushima, Henning Teismann, Lothar Lagemann, Tadashi Kitahara, Hidenori Inohara, Ryusuke Kakigi, and Christo Pantev. 
Constraint-induced sound therapy for sudden sensorineural hearing loss – behavioral and neurophysiological outcomes.サイエンティフィック・リポーツ誌(Scientific Reports)  2014年1月29日オンライン掲載

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 感覚運動調節研究部門
特任准教授 岡本 秀彦 (おかもと ひでひこ)
教授  柿木 隆介 (かきぎ りゅうすけ)
Tel: 0564-55-7752   FAX: 0564-52-7913 
email(岡本): hokamoto@nips.ac.jp
email(柿木): kakigi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
TEL:0564-55-7722、FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp
 

 

2014年度 生理学研究所・総研大 体験入学のご案内

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総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻では、大学院進学先を探していらっしゃる学部学生、大学院修士課程学生の皆さんに生理研での大学院生活、研究生活がどのようなものか実地体験して頂くための「体験入学プログラム」を開講します。

詳しくはこちらをご覧ください。

学生企画講義のお知らせ 2月10日 3月6日

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脳科学専攻間融合プログラムでは、科目「統合脳科学III」で学生企画(履修学
生が話を聞きたい講師を挙げる)による著名研究者の講義が行われます。

今年度は以下のお二人の先生が生理学研究所で講義をしてくださいます。
総研大学生以外の研究者も参加できます。

2月10日(月)午後1時~3時 生理学研究所(明大寺) 大会議室
講師:今井 眞先生 (滋賀医科大学)
タイトル:Pungent smell of Wasabi (Japanese horseradish) can wake up deaf adults more quickly than the non-deaf.

3月6日 木)午後1時~3時 生理学研究所(明大寺) 大会議室
講師:竹市 雅俊先生 (理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター長)
タイトル:Cells into Tissues: a Cadherin Story.

詳しくはこちらをご覧ください。

第4回日本学術振興会育志賞を受賞 ‐中畑 義久特別研究員(鍋倉研)


2014年度 第1回 生理学研究所 大学院説明会 (4月5日) の参加登録開始の案内

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2014年度 第1回 生理学研究所 大学院説明会 (4月5日) の参加登録開始

詳しくはこちらから

脳脊髄液分泌に関わる新しいメカニズムの発見 ~ TRPV4-アノクタミン1相互作用を介した水分泌の促進~

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内容

あらゆる脊椎動物の脳室内において脳脊髄液は脈絡叢(みゃくらくそう)上皮細胞から分泌されます。この脈絡叢上皮細胞にTRPV4(トリップヴィフォー)が強く発現することは遺伝子クローニングが成功した2000年のころからよく知られていました。しかし、その生理的意義は謎とされてきました。今回、自然科学研究機構 生理学研究所(岡崎統合バイオサイエンスセンター)の高山靖規研究員と富永真琴教授はこれまで報告の無かったカルシウム活性化クロライドチャネルの発現を脈絡叢上皮細胞において発見し、かつその分子実体がアノクタミン1であることを明らかにしました。さらに、TRPV4の活性化によって細胞内へ流入したカルシウムによってアノクタミン1が活性化することでクロライドイオンの流出が生じ、それに伴う著しい水流出が証明されました。TRPV4は脈絡叢上皮細胞の脳室側に局在しているため、今回同定されたTRPV4-アノクタミン1相互作用は脳脊髄液分泌を促進するメカニズムであると考えられます。本研究結果は、FASEB Journal(2月7日電子版)に掲載されました。

 研究グループは、脈絡叢上皮細胞に強く発現するカルシウム透過性の高い非選択性カチオンチャネルTRPV4に着目して研究を行いました。脳室の中に漂うように存在する脈絡叢は脳脊髄液を分泌する組織であり、上皮細胞・軟膜・毛細血管の層で構成されています。上皮細胞では、基底外側(血管側)から先端側(脳室側)へとイオンが移動するため水も移動し、結果的に脳脊髄液が分泌されます(図1)。この脈絡叢上皮細胞においてTRPV4は先端側に局在しています。これは脈絡叢の生理的意義を考える上で非常に不可解なことです。なぜならTRPV4の活性化は細胞外(すなわち脳室側)からのナトリウムとカルシウムの流入を引き起すため、わざわざ脳室へ輸送した水を再び細胞内へと引き戻してしまうからです。本研究では、この謎めいた事象を明快に説明することができました。それは、いままで脈絡叢上皮細胞では機能的発現が無いとされてきたカルシウム活性化クロライドチャネル(アノクタミン1)を発見したためです。
アノクタミン1は細胞内カルシウムによって活性化します。本研究において、TRPV4の活性化によって細胞に流入したカルシウムがアノクタミン1を極めて強力に活性化させることが示されました(図2)。
アノクタミン1が活性化するとクロライドは細胞外へ流出します。細胞膜を隔ててイオンが移動するとイオンと同じ方向に水も移動します。薄い細胞膜は細胞を包むやわらかい袋のようなものなので、細胞から水が流出すると細胞はしぼみ、反対に水が流入すると細胞は膨らみます。そこで、TRPV4とアノクタミン1を発現した細胞の大きさを計測して、TRPV4を活性化したときに起こる細胞収縮を観察することに成功しました(図3)。

このような結果から、脈絡叢上皮細胞の先端側に局在するTRPV4が活性化すると近接するアノクタミン1が活性化してクロライド流出が起こり、TRPV4と結合することが知られている水チャネルを介して水が脳室へと移動するものと考えられます。これが本研究で提唱する脳脊髄液の新しい分泌メカニズムです(図3)。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金とソルトサイエンス研究財団の補助を受けて行われました。

  

今回の発見

1.絡叢上皮細胞においてカルシウム活性化クロライドチャネルの発現を証明し、その分子実体がアノクタミン1であることを明らかにしました。
2.TRPV4とアノクタミン1が相互作用することを発見しました。
3.TRPV4-アノクタミン1相互作用により生じる水輸送を証明しました。

図1 脈絡叢の構造とTRPV4の局在部位

press20140212Tominaga-1.jpg3つある脳室(側脳室、第3脳室、第4脳室)のすべての領域において脈絡叢(濃い紫の部分)は存在しています。脈絡叢は上皮細胞、軟膜、毛細血管から成る一層構造でTRPV4は上皮細胞の先端側に多く存在しています。上皮細胞ではトランスポーターやイオンチャネルにより絶えずイオンが血管側から脳室側へと輸送されているため、それに伴う水の移動が起こり、結果として脳脊髄液が脈絡叢から分泌されています。

図2 TRPV4活性に伴うアノクタミン1の活性化

press20140212Tominaga-2.jpgTRPV4とアノクタミン1を共発現している細胞においてホールセルパッチクランプ法により観察されたクロライド電流。共発現細胞では、TRPV4アゴニストによって大きな電流が観察されます(左)。また、この電流は細胞外カルシウムを除去した状態では観察されないことから、TRPV4活性によるカルシウムの細胞内への流入がアノクタミン1を活性化させることが示されました(右)。

図3 TRPV4-アノクタミン1相互作用による水輸送と脳脊髄液分泌の新しいモデル

press20140212Tominaga-3.jpgTRPV4とアノクタミン1を発現した細胞においてTRPV4活性化に伴い観察される細胞収縮のモデル図(左)。脈絡叢上皮細胞においてTRPV4が活性化するとTRPV4-アノクタミン1相互作用によりクロライドが流出し、TRPV4と結合する水チャネルを介して水流出も促進されると考えられます(右)。

この研究の社会的意義

水頭症などに対する薬理学的アプローチ

脈絡叢の関わる主な疾患は水頭症です。水頭症は脳脊髄液の異常な産生亢進などにより脳が圧迫される疾患であり、有効な治療としては余分な脳脊髄液を脳室から外科的に取り除く方法しかありません。今回、水輸送に重要な新規経路が解明されたことで、水頭症のような脳脊髄液異常をきたす疾患の治療のためにTRPV4-アノクタミン1相互作用を標的とした薬剤の開発が期待されます。

論文情報

Modulation of water efflux through functional interaction between TRPV4 and TMEM16A/anoctamin 1
Yasunori Takayama, Koji Shibasaki, Yoshiro Suzuki, Akihiro Yamanaka, and Makoto Tominaga
The Journal of Federation of American Societies for Experimental Biology. (オンライン版)  2014年 2月7日

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
教授 富永 真琴 (とみなが まこと)
TEL: 0564-59-5286 FAX: 0564-59-5285 
EMAIL: tominaga@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室 
特任助教 坂本 貴和子 (さかもと きわこ)
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721
EMAIL: pub-adm@nips.ac.jp

神経幹細胞が保たれる仕組みの一端を解明 ―神経幹細胞の維持に重要なBre1aの働きを初めて解明― ―脳腫瘍の治療技術の改良に期待―

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内容

 脳の再生医療の鍵を握るものとして注目される神経幹細胞。脳のすべての神経細胞・グリア細胞の源であり、私たち成人の脳にもあって、記憶の形成や気分の安定に重要だと考えられています。この神経幹細胞はどのように維持されているのでしょうか?今回、自然科学研究機構・生理学研究所の池中一裕教授と滋賀医科大学の等 誠司教授のグループは、エピゲノム修飾因子であるBre1a(ブレワンエー)が神経幹細胞の増殖と分化を制御していることを発見しました。脳腫瘍の1つであるグリオーマでも、この分子メカニズムが働いていると推定され、グリオーマの治療技術の進歩にも期待できる研究成果です。米国の神経科学誌(Journal of Neuroscience)(2月19日号)に掲載されました。

 神経幹細胞は、胎児期の脳で大量の神経細胞・グリア細胞を産み出すとともに、自分自身を維持するように、増殖と分化のバランスをうまく調節する必要があります。増殖とは、すなわち、細胞分裂(1個の細胞が分裂して2つの細胞になる過程を細胞周期と呼びます)の積み重ねであり、1回の細胞周期にかかる時間が重要になってきます。神経幹細胞では、胎児期に細胞周期がどんどん伸びていき、成人の脳では遂に非常にゆっくりとしか分裂しなくなると考えられています。この”非常にゆっくりとしか分裂しない”という性質は、さまざまなタイプの幹細胞において、遺伝子変異のリスクを減らす(すなわち腫瘍化を防ぐ)という意義があるのだろうと、推測されています。

研究グループは、神経幹細胞の細胞周期と分化のバランスをとるために、両方を調節している因子があるはずだと考え、Bre1aという遺伝子を同定しました。Bre1aは、細胞のDNAが巻き付いているヒストンと呼ばれるタンパク質の1つ、H2Bをユビキチン化することが知られていました(図1)。最近、遺伝子の発現を調節する仕組みとして、エピゲノム修飾という言葉がしばしば使われ、世界中で研究のホットトピックスになっています。Bre1aによるヒストンH2Bのユビキチン化もエピゲノム修飾の1つで、細胞周期や分化に関わる多くの遺伝子群の発現を制御しているものと考えられます。

Bre1aは胎児期の脳の多くの細胞で発現していますが、ごく一部の細胞では発現低下しており、これらの細胞ではヒストンH2Bのユビキチン化も低下していました。そこで研究グループは、胎児期の神経幹細胞で人為的にBre1aの発現を低下させたところ、神経幹細胞の分化が抑制されることがわかりました。ここには、神経幹細胞の分化抑制に重要だと考えられている、Hes5(ヘス・ファイブ)という別の遺伝子の活性化が働いていることも、見出しました。同時に、Bre1aの発現が低下した神経幹細胞では、細胞周期が伸びて、分裂がゆっくりになっていることを、発見しました(図2)。

等教授は「神経幹細胞が安定して維持されるために、ヒストンH2Bのユビキチン化というエピゲノム修飾が関与していることを世界で初めて証明できた。脳腫瘍でも、グリオーマ幹細胞という腫瘍の元になる細胞の存在が、抗がん剤に対する抵抗性の原因の1つだと考えられている。グリオーマの治療戦略を考える際にも、この分子メカニズムが標的の1つとして重要だと推定される」と語っています。

本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。また、三共生命科学研究振興財団(現・第一三共生命科学研究振興財団)およびアステラス病態代謝研究会からの研究助成金による支援を受けました。本研究は、東京大学・廣瀬謙造教授、基礎生物学研究所・藤森俊彦教授との共同研究の成果です。

今回の発見

1.経幹細胞では、Bre1a遺伝子の発現が低下しており、ヒストンH2Bのユビキチン化も低下していることを、明らかにしました。
2.経幹細胞で、Bre1aの発現が低下していることが、神経幹細胞の細胞周期をゆっくりにすることを発見しました。
3.同時に、Bre1aの発現低下によって、Hes5という別の遺伝子が活性化され、神経幹細胞の分化が抑制されることを確認しました。

図1 Bre1aの働きによりヒストンH2Bがユビキチン化される

press20140225Ikenaka-1.jpgBre1aは、DNAが巻き付いているヒストンと呼ばれるタンパク質の1つ、H2Bにユビキチンと呼ばれるタンパク質を付加します。その反応が引き金になり、隣のヒストンH3がメチル化され、近傍の遺伝子の発現が活性化されます。

図2 神経幹細胞におけるBre1aの発現抑制の効果

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図3 神経幹細胞とグリオーマにおけるBre1aの働きの模式図

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この研究の社会的意義

Bre1aをターゲットとした新しい脳腫瘍治療法の開発

近年、激しく増殖する腫瘍の中には、ゆっくりとしか分裂しない”幹細胞”のような細胞がいることが明らかになっています。ゆっくりとしか分裂しないので、分裂細胞をターゲットにした放射線療法や化学療法に抵抗性で、がんの再発に関わっているのではないかと考えられています。脳腫瘍の1つであるグリオーマは、神経幹細胞に近い細胞ががん化したもので、グリオーマ”幹細胞”でもBre1aがその増殖と分化を制御している可能性があります(図3)。Bre1aを標的分子とした、脳腫瘍に対する新しい治療法の開発が期待されます。

論文情報

Bre1a, a histone H2B ubiquitin ligase, regulates the cell cycle and differentiation of neural precursor cells
Yugo Ishino, Yoshitaka Hayashi, Masae Naruse, Koichi Tomita, Makoto Sanbo, Takahiro Fuchigami, Ryoji Fujiki, Kenzo Hirose, Yayoi Toyooka, Toshihiko Fujimori, Kazuhiro Ikenaka, and Seiji Hitoshi.
米国神経科学誌(Journal of Neuroscience)2014年2月19日発行

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 分子神経生理研究部門
教授 池中一裕 (いけなか かずひろ)
共同研究員 等 誠司 (ひとし せいじ)
 FAX: 0564-59-5247 

滋賀医科大学 生理学講座 統合臓器生理学部門
教授 等 誠司 (ひとし せいじ)
 FAX: 077-548-2146 
email(等): shitoshi@nips.ac.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
FAX:0564-55-7721
EMAIL:pub-adm@nips.ac.jp

目から脳に視覚情報を伝える"第3"の神経経路を発見 "動き"の検出に特化した経路である可能性

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内容

シドニー大学のパーシバル・くみ子 研究員のグループと、自然科学研究機構 生理学研究所および同機構 研究力強化推進本部の小泉 周 特任教授は、新世界サル(マーモセット)の網膜から脳の視床に視覚情報を送る“第3”の神経経路を発見し、米国神経科学会雑誌(ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス 2014年3月12日号)に成果を報告しました。これまで霊長類では、2つの経路(視床のM層経由型とP層経由型)が目で見た画像をそのまま脳に伝えている、ととらえられていました。新しい経路は、視床のK1層を経由し視覚情報の中でも特に“動き”の情報を検出している可能性があります。
 

 研究グループは、哺乳類の中でもヒトに近い視覚系をもつ霊長類(新世界サル(マーモセット))の網膜に注目。小泉らは、マーモセット網膜への遺伝子導入法を開発し、これまであまり研究されていなかった霊長類の網膜に数少なく存在する神経細胞の可視化に成功しました。
 この手法および視床の特定の領域に色素を注入する方法を用いて、網膜から視床の特殊な層(K1層)へと情報を伝える、複数の神経細胞のつながりを調べました。その結果、網膜内のDB6双極細胞が網膜の狭棘状細胞(ナロー・ソニー神経節細胞)という神経細胞につながり、狭棘状細胞がK1層へ情報を送っていることがわかりました。
 K1層には、視覚情報のうち“動き”に反応する細胞が多く存在すること、K1層の情報が “動き”の情報処理を行うMT野にも直接情報を伝えていることから、今回発見した経路は、“動き”の検出に特化した神経経路であることが示唆されました。

 小泉特任教授は「今回の研究で、これまで単純なカメラのフィルムとして考えられていた霊長類の網膜でも、特殊な情報処理をするための情報処理経路があることが明らかになりました。今回発見した“動き”の検出に関与する神経経路が、目が見えない方の“ブライドサイト”(見えていると意識しないのに、ある種の情報が脳には直接送られている)と呼ばれるような能力に関与しているものと考えられます」と話しています。

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本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。また、基礎生物学研究所マーモセット研究施設にご協力頂きました。

今回の発見

1.新世界ザル(マーモセット)網膜の狭棘状細胞が、網膜のDB6双極細胞からの情報をうけとっていることがわかりました。
2.狭棘状細胞は、視床のK1層へ情報を送っていることがわかりました。
3.K1層にはモノの“動き”に反応する細胞があり、“動き”の情報処理を行うMT野に直接情報を送っていることから、今回発見した経路が、“動き”の検出に特化した経路であることが示唆されました。

図1 狭棘状細胞とDB6細胞

PressRelease_Kumiko_Koizumi_1.jpg解説
 緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子導入と免疫染色によって可視化された、狭棘状細胞(緑)と、DB6細胞(赤)。網膜内で、狭棘状細胞がDB6細胞とシナプスをつくり、情報を受け取っていることが明らかとなりました。また、脳の視床に色素を注入する方法で、視床(外側膝状体)のK1層からこの狭棘状細胞がつながっていることが明らかとなりました。

この研究の社会的意義

目から脳へ“動き”の情報を伝える特殊な神経経路を発見

 本研究から、これまで単純なカメラのフィルムとして考えられていた霊長類の網膜でも、特殊な情報処理をするための情報処理経路があることが明らかになりました。
今回発見した経路は、“動き”の検出に特化した経路であることが示唆されました。この経路が、目が見えない患者の“ブラインドサイト”(見えていると意識しないのに、ある種の情報が脳には直接送られている)と呼ばれるような能力に関与しているものと考えられます。PressRelease_Kumiko_Koizumi_2.jpg

論文情報

Identification of a Pathway from the Retina to Koniocellular Layer K1 in the Lateral Geniculate Nucleus of Marmoset
Kumiko A. Percival, Amane Koizumi, Rania A. Masri, Péter Buzás, Paul R. Martin, and Ulrike Grünert
The Journal of Neuroscience, 12 March 2014, 34(11): 3821-3825; doi: 10.1523/JNEUROSCI.4491-13.2014

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 研究力強化推進本部
特任教授 小泉 周 (こいずみ あまね)
Tel: 03-5425-1301
email: a.koizumi@nins.jp

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室
FAX: 0564-55-7721
email: pub-adm@nips.ac.jp

自然科学研究機構 研究力強化推進本部
特任准教授 松山 桃世(まつやま ももよ)
TEL: 03-5425-2046
email: m.matsuyama@nins.jp
 

 

温度感受性チャネルTRPA1の活性化が、カイコの卵の休眠性を決定する

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概要

カイコ(Bombyx mori)は、一年で2世代が繰り返す二化性といわれる性質を持っており、生育に適さない冬の環境では休眠卵の形で越冬し、温度が上昇する春に孵化する。カイコの卵が休眠卵となるか非休眠卵となるかは、母親の発生段階での環境温度および日長に大きく影響されており、25度以上の環境で発生した母親が産んだ卵は日長によらず休眠卵、15度以下で発生した母親では非休眠卵となる。この温度による卵の休眠性決定分子として温度感受性イオンチャネルであるTRPA1が関わることを明らかにした。
TRPA1は非選択的陽イオンチャネルであり、哺乳類ではアリルイソチオシアネート(AITC)などの化合物で活性化し、侵害受容に関わる分子として知られるが、ハエなどの昆虫では侵害性の熱刺激の受容にも関わることが分かっている。カイコTRPA1遺伝子をクローニングしてその機能を検討したところ温度感受性のイオンチャネルであり、21.6度と表現型決定の温度条件とよく一致した活性化温度閾値を有することが明らかとなった。25度つまりTRPA1が活性化する条件で胚発生した母親が産んだ卵は休眠卵となるが、この表現型はTRPA1が活性化しない温度(15度)でTRPA1を活性化する化合物を処置した際にも再現され、休眠性の誘導にTRPA1の活性化が関わっていることが確認できた。胚発生期におけるTRPA1の発現は、温度の影響を最も受けやすいステージ20~23(孵化後3.5~5.5日)に表皮での発現量が増加しており、温度によるTRPA1の活性化を介してサナギにおける食道下神経節からの休眠ホルモンの分泌量が増加することによって、卵の休眠が誘導されると考えられる。
本研究結果により、温度によるカイコ卵の表現型決定機構が明らかとなったことにより、TRPA1がカイコの季節的多型をコントロールする有効なターゲットとして、養蚕業における効率改善への利用が期待できる。本研究は信州大学線維学部の塩見邦博博士との共同研究である。  

論文情報

Azusa Sato, Takaaki Sokabe, Makiko Kashio, Yuji Yasukochi, Makoto Tominaga, and Kunihiro Shiomi.
Embryonic thermosensitive TRPA1 determines transgenerational diapause phenotype of the silkworm, Bombyx mori.
Pro Nat Acad Sci. Early Edition.

図 温度刺激によるカイコTRPA1の活性化

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A. カイコTRPA1を発現させたHEK293細胞を用いたホールセルパッチクランプ法で観察された熱応答電流(上)と温度変化(下)
温度低下(冷刺激)には反応しなかったが、温度の上昇に伴って大きな内向きの電流が観察された。

 

20140324tominaga-hokokuB.jpgB. 熱応答電流のアレニウスプロット
温度の上昇(横軸右から左の方向)に伴って傾きが大きく変化する点(21.6度)が、活性化温度閾値となる。温度が10度上昇したときに、反応が何倍になるかを指数化した温度計数(Q10)の値が、閾値を境に1.7から20.5と大きく上昇している。

 

20140324tominaga-hokokuC.jpgC. 胚発生期温度と休眠卵・非休眠卵表現型決定機構


 

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